2/3「プロローグ(黄泉の国) - 水木しげる」光文社文庫 極楽に行く人 地獄に行く人 から

イメージ 1

2/3「プロローグ(黄泉の国) - 水木しげる光文社文庫 極楽に行く人 地獄に行く人 から

黄泉(よみ)の国

ぼくは鳥取県の境港という古い港町で生まれ育った。この町は古代から黄泉の国と言われてきて、実際“夜見が浜”という地名もある。ここは、昔は夜見の島という一つの島だったのが、海流のいたずらで陸地につながったのだ。
黄泉の国というのは、『古事記』に出てくる死者の国のことだ。もともとは中国にあった考えらしいが、かなり古い時期に伝わったので、日本の神話ともいっていいだろう。
古事記というと、戦後は、天皇を神とあがめるためのテキストのように考えられがちである。でも、見えない世界を探るための神話と伝承の書として読むと、古代の人たちがあの世をどんなふうにとらえていたか分かって面白い。
最近は、古事記の黄泉の国の話といっても分からない人が多いようなので、紹介しておこう。古事記によれば、日本はイザナギという男の神とイザナミという女の神が交わって生まれた。これは誰でも知っているだろう。日本を生んだ後、数々の神を生むのだが、火の神を生んだためにイザナミは火傷(やけど)を負って死に、黄泉の国に行ってしまう。
国産みの作業は完全には終わっていなかったので、イザナギは黄泉の国まで出向き、イザナミを連れて帰ろうとするのだか、イザナミは黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、もう帰れないという。それでも夫のイザナギがあまりに熱心に頼み込むので、イザナミは「では黄泉の国の神に相談してみる」といって門内に消えてしまう。
しかし、いくら待ってもイザナミは戻ってこない。待ちくたびれたイザナギは、自分の姿を見てはならないという禁を犯し、持っていた櫛の一歯を燃やしてしまう。すると、腐ったイザナミの死体と、死体の中からヤツイカズチという八種の雷神が現われた。
あまりに驚いたイザナギは現世に逃げ帰ろうとした。するとイザナミは「私に恥をかかせた」といっとヨモツシコメ(黄泉醜女)や千五百之黄泉軍(ちいほのよもついくさ)などを繰り出してイザナギを討とうとする。ヨモツシコメという名前は、最近のテレビゲームにも登場するので、名前だけは知っている人はいるだろう。
このヨモツシコメというのは、食いしん坊だったので、イザナギはそこをついて、身につけていたものを次々と投げつける。するとそれらはブドウやタケノコに変わり、ヨモツシコメは追っているのを後回しにして、食べることに夢中になる。その間にイザナギは逃げおおせることができた。業を煮やしたイザナミは、今度は、ヤツイカズチを先頭に大軍を送ったのだが、黄泉平坂(よもつひらさか)という場所で、イザナギは桃の実を三つ投げて、この大軍を追い払う。ここから桃の実が悪魔払いに効用があるということになり、後年の桃太郎伝説が生まれる。
ちょっと話は長くなったが、こうした物語の舞台である黄泉の国が古代出雲の国の夜見の島だという言い伝えがあった。