『古希七十句』

 

「古希七十句」

令和四年九月

夕焼やエンドロールは短めに
送り火や斜めに構え四回目
蜘蛛の子を逃がす爺の下心
猛暑日やハテナハテナとミミズの死

心配の種を飛ばして西瓜食ふ

二回戦できた半分夏終わる
春愁やドーパミンよりセロトニン
転がつて命拾つて山笑う
長閑さやそちらの雪の気にかかり

ニュースなきラジオに合わせ冬籠り
願うこと生死直結古稀の春

令和三年

一年の計の結果のただ寒し
小吏なるロバにも御用納めかな
金給わり銭を遣いて年詰まる
点滴を逆流させて神の留守
秋の暮時が許さぬ小商い
だんだんと暗く成り行く敬老日
台風や土手を信じて水の底
自己嫌悪影もつくらず木下闇
生物は蔓延りたがり黴生える
リハビリテーション病院で予約を済ませ五月尽
荷風忌やお一人様として帰心
啄木忌始発少なし上野駅
長閑さや下校のチャリの横並び
大寒や野菜売場に無季の彩
枯れ枝に何か訳ある葉が二枚
御言葉に迷う古羊冬帽子
保育士の目も遊ばせて冬日
添え書きのなき賀状きて三四枚
手短に手短願う初詣

令和二年

現世に強き妻いて懐手
在宅のたまに出ていく歳の暮
血圧の上がる寒さとなりにけり
天高く寺の掲示や出来不出来
読書妻君の偏差値十高し
鶏頭に脳みる脳の朧かな
鳴く虫や泣いて出てきた道化の世
灼けかたの違ふ野球部蹴球部
世の中は回つているか今年米
願い事眠るが如く星今宵
給付金打ち出して見る半夏生
死たがる句ばかり詠みて桜桃忌
起承転結生老病死梅雨深し
新緑や半径二キロに棲息す
肉マンを二つ列べて四月馬鹿
小春日や足許からの薄き影
仕事なく仕事初めもなかりけり
初夢の好色にして恙無し
あの世などあつてたまるか仏の座

令和元年

桜島見しが今年の一大事
ボロ市や賢母膝つき品定め
舞い降りて一日二日は彩落ち葉
影像を読み解く医師やそぞろ寒
立冬や寝起きの悪き妻である
黄落や散りぎわばかり見るさくら
電飾を取り付く小枝あやまたず
初孫の祝い返しや芋と柿
担ぎ手の腹の出ている秋祭り

平成三十一年

子のブログ見て就職を確かむる
憂いなく今が死に時ちゃんちゃんこ
母親は捨てられる女春寒し
鍋焼きや舌で転がすトッピング
菜の花や喰われる前に咲きにけり
本年は酒で潰さぬ暇潰し
積み上げて取り崩さずに寒卵

平成三十年

転職も二度目は慣れて晦日そば
冬来たりなば春とはシェリーかな
歳晩や旧社に掛ける里心
手探りのボタンダウンや穴惑い
年金手帳夫婦で捜す五月闇
ハナミズキ姉妹の茶話の余り菓子
初物や懐具合の冷奴
いいことは探せば出る種袋
ハンコウも一つに纏め老いの春
噴水や枯れ野の末に勃起せり
寒々と尿の色に黄泉の国
営業の出ていく巷に雪が降る
生足も凍る掟か女子高生
匿まわる団地の犬の息白し
働いてあと五年はと年初め

平成二十九年

働けて減額支給や大手締め
着膨れや乗らんと体を斜に構え
追い焚きをするならしなよしてごらん
幸せと思えと言わる椿カフェ
しぐるるやいけるとこまで多作多捨
一キロを十個に分けし神無月
骨軽し壺は重たし秋の空
秋風や孫たちの居て家族葬
死なざれば受給資格や小鳥来る
蝉啼くやハウスバイバイ判二つ
売家の穂を垂る草をむしりけり
団地とは函と内箱桜散る
見下ろせば団地に隣る桜道
春愁や覚悟を迫る顔の紙魚
懐の肉まん食わぬ梶思う
着膨れて彼方に弛みし靴の紐
受験子やちからになれぬ父連れて
コーラクや今年は煮込みと二合まで
あつけなき転結願い初参り

平成二十八年

冬の路地荷風になつたつもり酒
雪だるま近所にいまだ子がいたり
案外の実を結びけり庭みかん
柏そごついに閉店九月果つ
マジックの消えてラジオの変声
紅顔の少年さんまほろ苦し
細胞や小春日和のビラ配り
開いたと君白梅を指しにけり
色夢におもちゃ手すさぶ寒の床
一駅で桃黒となり寒夕焼

平成二十七年

秋の暮文句は言えぬ五人扶持
遠雷や帰りを急ぐわけもなし
雨音に枕安堵す寒の朝

平成二十六年

考えて今宵の鍋を定めけり
陽だまりや居ても目立たぬ老いの苑
晩秋に産業医説く老病死
譲られて夏の吊革揺れにけり
質草のみどりは淡し初鰹
春の月なにに怯えて寝付かれず
まっつぐに舗装の継ぎ目草の筋
春雨や十色の百の傘交じり
重ね着や更に重ねて二重足袋
官を辞し大黒様に初詣