(巻二十六)飲み干せし水の全部が汗となる(黒田千賀子)

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(巻二十六)飲み干せし水の全部が汗となる(黒田千賀子)

9月9日水曜日

今日も9時に区役所から熱中症の注意が配信されてきた。しかし、少しずつ季節は変わっていくようで、今朝は扇風機を使わずに眠ることができた。

散歩:

コンビニから生協へのコースを歩いた。

花がないので猫を一撮いたした。用足しをしようと穴を掘っているところを付きまとったので嫌な顔をされた。

用を足している最中はやはり無防備になる。見られながらするのは危ないと思ったらしい。しないで車の下に潜り込んでしまった。

黒猫のさし覗きけり青簾(泉鏡花)

本日は三千歩で階段二回でした。

読書:

系統的に読書をしているわけではなく行き当たりバッタリである。

随筆ではよく作家や作品が言及されるが、その筋に沿って新しい作家や作品を読んでいる。

読み終った、

『 「朝はあんパン - 坪内稔典」ベスト・エッセイ2011 から』

には、

《 子規は明治十六年、十六歳で四国から上京した。朝、新橋駅に着いた子規は、先に上京していた友人の下宿を訪ねるが、探し当てたときもう正午に近かった。旧友と会って、東京の菓子パンを子規は初めて食べた(「筆まかせ」)。空腹だったこともあって東京の菓子パンはうまかったに違いない。後年、寝たきりの重病人になった子規は、病床の楽しみとしてほぼ連日、菓子パン数個を食べた。その中にはあんパンもあった。》

というくだりがあり、子規の『筆まかせ』を読んでみたくなった。

あんパンは粒あん雪は牡丹雪(坪内稔典)

同じエッセイ集には

「死ぬ気まんまん - 伊藤比呂美

があり、

こちらでは佐野洋子氏の作品が紹介されていた。

「100万回生きた猫」は読んだが、他の作品については知らなかった。読んでみたい。

願い事-叶えて頂ければありがたいです。

3/3「病気ジマンもいいかげんにします - 友川カズキ」ちくま文庫 一人盆踊り から

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3/3「病気ジマンもいいかげんにします - 友川カズキちくま文庫 一人盆踊り から

まぁ、そういうわけで、あっけらかんと生きてますよ。「もう死ぬんだろうな」と思ったことも何回もありますが、基本的に楽観的な人間ですし、そういう性分もカラダにとっては良い方向に作用しているのかもしれない。
ただ、そんなこんなでね、最近ようやく「そうだったのか」と思ったことがあって。つまり、病院に行くと、年寄り方が病状だの病歴だのを語り合ったりしてるじゃないですか。やけに嬉しそうに。病気ジマンってやつですね。で、聞くともなしに聞いてると、実はかなり深刻な病気だったりするんだけど、なぜか笑顔なんだな。若い頃はあれが実に不可解だったし、「みんな死ねばいい」とも思ってたんですけど、ようやく意味わかりました。
要するに、年寄りには先がない。だから笑ってられるんだな。笑うしかない、とも言えるけども。若いうちは無意識にでも「まだまだ人生先は長い」って、どこかでそう思ってるから。大きな病を得るとドーンと落ち込むんですね。だから笑ってられないの。それだけの話だったんです。だけどね、こればっかりは歳とってみないとわからないもんなんですよね。
 
人生長く生きているといろんな目に遭うし、いろんな病にも遭遇する。他方、私の場合、完全に慢性化しちゃっている病気があって。腰痛もそうなんですが、やはり一番の持病と言えば、貧乏ですね。これは全く自慢になりませんけども。
貧乏はね、法定伝染病です。私見によれば。
種田山頭火に「貧乏は良い、貧乏臭いのは良くない」っていう格言じみた言い回しの言葉がありますよね。昔は「その通りだ!」って思ってたんですけど、よくよく考えてみると、というよりも実体験に即して言うと、貧乏だって全然良くない。ああいう言葉は、若干でも余裕のある人だから言えることであって、私なんかが言っても単なる痩せ我慢にしかなりません。「一期の夢よ、ただ狂へ」なんて言葉も、なるほど素敵な言葉ではあるけれども、結局本当に狂ってる人間には言えない。ギリギリまで狂いたい、ギリギリで狂えない、そういう人間だからこそ言える言葉でしょうね。
ただ、ちょっとカラダの調子が悪いくらいの方が少しくうまくいく、ということはあり得るでしょう。私みたいな職業の人間には病すらネタになるし、実際歌にもなってますし。大体、「小金はある、体調も万全だ」っていう状態の時ほど、得てしてスベるのよ。歌ってても妙に違和感あるんですよ。「金持ってて落ち着かない」とか、「体調良すぎて気持ち悪い」みたいな。
 
美学とか死生観とか、そういう立派な話では決してないんですが、「ポックリ逝きたい」ってよく言うでしょ?私、それはなんか嫌なのよ。「周りに迷惑かけたくない」という気持はわかるんですが。
というのも先日、近所で呑んでて、完全に記憶を失くしてしまったんです。とりあえず乗って行った自転車は部屋のドアの前にあったんだけど、最終的にどうやって帰り着いたのか、一切合財覚えてない。
翌朝目覚めたら、何故か梅干しのビンが蓋が開いたまま台所の床に放置されてて。「ハッ!」と我に帰ってね。必死に記憶を手繰って何も出てこないのよ。それで、「ああ、酒では死にたくねぇぞ......」ってさ、考え込んでしまって。
私自身、いわゆる独居老人なんですが、去年の冬だけで全国で一万八千人の老人が孤独死したというニュースを見聞きしていたのもあって。酩酊状態のまま死ぬなんて、私の場合は特にね、文字通りの犬死にですから。
つまり、前後の記憶が飛んだまま逝っちゃうっていうのが、なんとも味気ない感じがするんですよ。自分としては、「俺はもう死ぬんだ」と、ある程度認識した上で事切れたい。死ぬ一週間前にでも、「人間って、こうやって息絶えていくんだなぁ」と、わかりたい。「死ぬぞ、死ぬぞ......」って自分で思いながら、静かにフェイド・アウトしたいのよ。息子たちにも去り際に「負けるなよ~」ぐらいは言っておかないと、一応ね。
とにかく、梅干しのビンを見てね。自分でもよくわからないけど、無性に......。
だから、「ポックリ」だけは、ちょっと御免こうむりたい。せめて死ぬ時くらい、きちんとしていたいのよ。

ま、とんだウダ話でしたけども。この期に及んで、あと十年くらいは生きたいなと思ってるんで、ひとつ宜しくお願いします、ということで。

(巻二十六)ぬく飯に落して円か寒玉子(高浜虚子)

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(巻二十六)ぬく飯に落して円か寒玉子(高浜虚子)

9月8日火曜日

泣く虫や泣いて出てきた道化の世(駄楽)

そんな気持ちの今朝の秋でございます。

本日はそう言うわけで、顔友の皆さんからお祝いのメッセージを頂いた。

ドギーからは「何か面白いこと見つけたか?」と訊いてきた。

生き甲斐の手引書めくりいる晩夏(鯨井孝一)

手引書は私にはないだろう。 無理に愉しい振りをする必要はない。

細君が午前中外出いたしたので散歩は夕方といたした。

ハイスクール・コースにあるマンションの入口に蟷螂がいた。

息詰めて見る蟷螂の食らふのを(右城暮石)

蝶、蝉は在庫が多いが蟷螂はこの一句だけでござる。やはり蟷螂はどうも苦手で、及び腰で一撮いたした。

本日は三千五百歩で階段二回でした。

細君は牛肉とあんパンで祝ってくれました。

願い事-叶えて頂ければありがたいです。なるだけ迷惑を掛けないように。

Mantis the peeper

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Ants, Butterflies, Cicadas and dragonflies are alright. No fear.

Mantes are different and they frighten me. Not being able to flight from and much less fight against.

So when I spotted this mantis in this afternoon, what I could do was just being frozen.

Then, by securing myself with keeping a social distance, I took this photo “The peeping mantis ”.

2/3「病気ジマンもいいかげんにします - 友川カズキ」ちくま文庫 一人盆踊り から

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2/3「病気ジマンもいいかげんにします - 友川カズキちくま文庫 一人盆踊り から
 
その後、七~八年前には腸閉塞もやりましたね。これはホントに突然。急にポコンと腹が膨らんで来て。
汚い話で恐縮ですが、ウンコもオシッコも出ないし、「なんか変だな」と思ってね。やっぱり大関君に電話して、ネットで調べてもらったら、「腸閉塞の可能性が大だ」って言うんですよ。大関君は「すぐに救急病院に行ってください」って言うんだけど、救急車を呼ぶのも恥ずかしいし、「もうちょっと経てば自然に治るんじゃないか」と自分に言い聞かせてしばらく粘ったんですよ。
やがて激痛に耐えきれなくなって、意を決して近所の病院に歩いて行ったんです。そうしたらやっぱり、腸閉塞です、と。その場で即入院と絶飲食・絶対安静を言い渡されました。
実は翌日、地方のライブが入ってたんで、「これは参ったな」と。それで、「どうしても外せない会議がある」とかなんとか嘘を言って、その若い医者を説き伏せて何とか外出許可を得て。一応、紹介状を書いてもらって、翌日、東京駅から新幹線に乗ってライブの開催地に向かったんです。なにせ真夏のことでしたから、喉が乾いちゃってしょうがない。道中、何か飲みたくて仕方ないだけれども、怖くてできない。根が小心者ですのでね。
会場のある町に着くや、主催者が心配して、ライブ前に緊急外来の病院に連れて行ってもらったんですが、その医者が実にサバけた医者でして。流石に「私、これから歌うんです」とは言えませんでしたが、簡単な問診を受けて、「まぁ、スポーツドリンク程度なら飲んでもいいですよ」っていうことになって。「しめた!」と思ってね。ポカリスエット飲みながらライブをやったんですよ。
人前で素面で歌ったの、長い歌手人生で三回目くらいだったんですけど、これが意外なほどスムーズで。予想に反して大して緊張もしないし、なんだかいつもより声が出るのよ。「なんだ、酒呑まなくても歌えるじゃん」って思って、その時以来ステージの上ではアルコールはやめることにしたんです。ライブ後はちゃんと打ち上げにも出ましたよ。ごく薄い焼酎の水割りをチヒチビ呑みながら。
 
腸閉塞の一件は「怪我の功名」そのものでしたけど、つい最近もね、「ああ、遂に俺もヤキ回ったか」と思わざるを得ない事件があって。あのね、実に情けないし恥ずかしい話なんですけど、失禁しちゃったんですよ。続けざまに三回。自宅で二回と、外で一回か。「あ、オシッコしたいな」と思って、トイレのドアを開けた途端に「ジャー」。もう、愕然としちゃって。我がことながら。
その前後に妙な発熱があったり、急にダルくなって二、三日寝込んだりもしたもんですから、かかりつけの病院にとりあえず行って精密検査をしてみたんだけど、「原因不明です」って言うんだな。それで申し訳程度に葛根湯を処方されて、「とりあえず様子みましょう」ということになったんですが。どうも体調がスッキリしないし、何より気が小さいもんだから、改めて大きな病院でMRICTスキャンを受けたんです。ところが、どこにも異常が見つからなくて。いよいよ、「老化極まれり、ということか......」、と半ば諦めの境地に達しかけてたんだけど、問診で「そう言えば、最近よく漏らすんですよね」って言ったら、医者が「それはもしや!」って言って。
結論を言うと、膀胱に雑菌が入っていたんですね。
特に思い当たる節もないんだけど、基本的な免疫力とか抵抗力が落ちているというのもあったんだろうね。なんにせよ、早速抗生物質を処方してもらって、それで事なきを得たというわけです。
結局、どの病気もギリギリまで疲れた時に罹ってるのは確かなんですね。とにかく、若い頃から「体力にだけは自信がある」と自分で思い込んでいたもんだから、変に無理が利くタイプではあったのよ。もともとスポーツ少年でしたし、高校生の時は十数キロの道のりを毎日自転車で通学してましたから。結構アップダウンが激しくて、授業中は疲れ切って寝てましたけどね。それで、授業の前後はバスケットボールの練習に打ち込んで、夜は夜で寝付けなくて、中也とか太宰とか、遅くまで本読んでたし。
つまり、昔から「次の日に余力を残す」ということができないタチなんだな。昔は一晩宴会で呑み明かして、起きたらすぐにまた呑むというような荒れた生活を繰り返してましたしね。未だに、ライブの打ち上げなんかでも、頃合いを見て「そろそろお開きに」って言い出せない。酔っ払うとすぐ、「誰にも明日なんかない!」とか言っちゃって、帰るのも帰られるのも嫌で。だから時々、カラダの方が「いい加減にせい」って、爆発するんだろうね。
これは持論なんですが、体力のある人から死んでいくんですよ。健康な人ほど、あっさり死ぬ。なぜなら、無理が利くから。病気がちな人、カラダが弱いって自覚してる人の方が、無理できない分だけ長持ちするのよ。これ、真理だと思いません?それで、近頃私も病気がちなだけに、「あれ、長生きしちゃいそうだな」と思ってて。これは自分でも想定外の事態なんですがね。
そもそも長命な家系でもあるです。昨年、親父が九十三歳で亡くなったんですが、親父は脳梗塞で倒れるその日まで肉体労働してたって言うのよ。これは立派です。で、仕事頑張ってる人でそれですから、ヒマな私はさらに長生きする可能性は十分ある。
ホント、最近は無理してない。今は自宅では、ほとんど呑んでません。ずっと腰の調子が悪くて、家では寝てるか立ってるかしかないというのもあって、特に呑みたいとも思わない。だって、寝たまま呑んだり、自宅で立ったまま呑んだりしたらバカだもの。ただ、その分、仕事とか取材で外で人に会う時はかなり呑んじゃいますね。単純に酒が美味くてどうしようもないの。たまに呑むから美味いんだな。本当に気付くのが遅すぎたね。
おかげで健康診断でも肝臓の数値は完璧すぎるくらいで。医者にも「お酒は全然呑まれないんですねぇ」って言われて。「とんでもございません」って感じで、妙にこそばゆいものがあります。確かに仕事がないと、十日とか半月とか一滴も呑まないということもままあるし、肝臓にとっては良いんでしょうね
 

(巻二十六)ここにいる不思議つくづく冬紅葉(前田弘)

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(巻二十六)ここにいる不思議つくづく冬紅葉(前田弘)

9月7日月曜日

散歩:

ハイスクール・コースを歩いた。葛飾野のフェンス沿いの小路ではほぼ毎日二人の作業員が落葉の掃除しているが、今朝は濡れ落葉にやや手こずっているようにお見受けいたした。
雲が走っていたが、当地は目立った被害もなくありがたい。

枝少し鳴らして二百十日かな(尾崎紅葉)

本日は三千百歩で階段二回でした。

BBC

CrowdScience
 
https://www.bbc.co.uk/sounds/play/w3cszv64
 
Why does running water make me need the toilet?
What does science say about controlling urination, and other bodily functions? We tackle three queries about peeing triggers, pooing positions and missing sweat.

排泄と発汗についてのお話なので聴いてみた。
私の場合、ヤカンからポットにお湯を注ぎ入れるときに尿意を催す。番組ではポタポタという音による連想反応として解明に努めていたが、私の場合はむしろ視覚的な作用ではないかと思っている。
人体の構造上、便座とシャガミとでは
シャガんでする方が理にかなっていると言っていた。まだ、やろうと思えばできる。
 incontinentという単語を0455あたりでつかまえた。失禁という意味を確認した。

災害対策で排泄処理が大切だということは分かっているが、四十袋程度をおまじないのように買ってあるだけだ。袋に落とすことは処理の始まりの終わり過ぎない。

雲の峰我が放尿の力かな(馬目空)

最早、力強さはないが止まらずに出てくれていてありがたい。ある意味命の滴である。

願い事-叶えて頂ければありがたい。