「不法領得の意思の肯否 - 中央大学教授 高橋直哉」法学教室2022年10月号

 

「不法領得の意思の肯否 - 中央大学教授 高橋直哉」法学教室2022年10月号

名古屋高裁令和3年12月14日判決
令和3年(う)第300号窃盗、威力業務妨害、信用毀損被告事件

■論点
直ちに清算する意思で、店舗内に陳列されている商品を、清算する前に食べる行為について、不法領得の意思は認められるか。
〔参照条文〕刑235条

【事件の概要】
いわゆるユーチューバーとして活動していた被告人は、アップロードするための動画として、スーパーマーケットにおいて、陳列されている商品を清算前に大胆に食べて、その後にレジで会計をし、その際の、レジ係の困惑した表情までの一連の様子を撮影しようと考えて、商品として陳列されている魚の切り身1点を手に取り、その包装を開封して中身を食べ、その後、店内のレジにおいて、レジ係にその包装を示して販売価格をレジ係に支払った。
原判決(名古屋地岡崎支判令和3・8・27)は窃盗罪の成立を認めた。これに対して、弁護人は、①被告人には対価を支払わずに自分のものにしてしまう意思がなく、交換価値的に回復するため直ちにレジに向かっていたことなどからすれば、被告人に権利者排除意思が認定できない、②被告人としては、普段人が食べないものを口腔内に入れて嚥下する「絵」を撮ることを意図しており、本件切り身を飲食物としてではなく、口腔内に入れて嚥下ことで費消できる物体としかみていなかったから、これにつき「本来的用法に従って処分した」「食べた」とはいい得ず、被告人には利用処分意思が認められないから不法領得の意思が欠けるとして控訴した。
【判旨】
〈控訴棄却〉 (①について)「被害者は、単に商品を売買により金銭に交換するということにとどまらず、来店客が並べられた商品をそのままの状態でレジに持ち込んで代金を精算するという被害者の定めた手順に基づく金銭への交換を求めているのであって、このような手順が守られなければ、被害者において店舗内に多数並べられている商品を適正に管理することが著しく困難になるなどその営業に重大な影響を及ぼすことが明らかであり、たとえ短時間の後に交換価値に相当する金銭が支払われたとしても、それは手順が守られた支払いとはもはや社会通念上別個のものというべきである。したがって、被害者におけるこうした主観的利益は、財産的利益として客観的にも保護されるべきものであるところ、被告人も、被害者がこのような利益を有していることを知っていたからこそ、その手順を守らないことがインターネット上の動画視聴者の興味を引くような面白い場面(絵)になるとして、本件行為に及んだことが認められる。」(②について)「被告人が本件切り身を口腔内に入れて嚥下するという行為は、動画視聴者の興味を引くような『絵』そのものであるとともに、このような『絵』を作出するための行動であるから、被告人は、正に、本件切り身という財物自体を用いて、これから生ずる『動画視聴者の興味を引くような面白い「絵」』という効用を享受する意思を有していたというべきである。」(本件は上告されたが、最高裁は上告を棄却した〔最決令和4・3・29〕)。

【解説】
権利者排除意思について、原判決は、「本来であれば、被害者が売却をしなかったであろう商品を代金を支払うことなく食べた」として、これを認めていた。しかし、これは、被害者の意思に反する占有移転の認識(すなわち窃盗罪の故意)との異同がやや不分明である。これに対して本判決は、定められた手順が守られた支払がなされることに対する被害者の主観的利益というものを考え、それを侵害する意思として権利者排除意思を構成したようである。このような被害者の主観的利益は、財物の占有や金銭との交換のみに向けられたものではなく、むしろ自己の望むように財物を利用、処分する可能性にこそ、その重点があるといえよう。すなわち、被害者は、定められた手順に従った支払と引き換えに商品を処分する権利を有しているにもかかわらず、被告人は、その手順に従わずに商品を食べてしまうことにより、そのような処分を不可能にしたという意味で、権利者を排除したということである(事後に支払われたのは、代金ではなく弁償金であろう)。一般に権利者排除意思が問題となる事例では、一時使用のように占有移転後の財物の利用可能性の侵害が問題となるが、本件では、占有侵害自体が財物の利用可能性を直ちに侵害する行為となっている点に特徴がある。
利用処分意思について、判例は、当初「経済的用法に従って」と表現し、他に「本来的用法に従って」と表現するものがあったが、現在では「財物自体から生ずる何らかの効用を享受する意思」があれば利用処分意思が肯定されているといえよう。利用処分意思の内容をこのように理解するならば、行為の態様としては毀棄に当たるとしても、それによって財物自体から効用を享受する意思である場合には、不法領得の意思は否定されない。例えは、燃やして暖をとるために他人の灯油を持ち出す場合や、祝賀会のビールかけのために酒屋からビールを持ち出す場合などでも、不法領得の意思は肯定されるであろう。そのような見方からすれば、本件においても不法領得の意思は容易に肯定できるであろう。ただ、通常の窃盗の場合、効用享受行為は占有移転後に行われるのであるが、占有侵害自体が(行為の態様としては毀棄に当たる)効用享受行為とがほとんど重なり合っている場合でも窃盗罪の成立が肯定されていることに、本件の特徴があるといえよう。
ところで、財物自体を用いて面白い「絵」を撮ることは、占有侵害を伴わなくとも可能である。商品をその場で毀棄して面白い「絵」を撮ることはできる。しかし、例えば、店頭に並ぶスイカをそのまま割って「スイカ割り」の「絵」を撮る行為は、窃盗ではなく器物損壊であろう(これは、いわば利用処分意思のある毀棄行為であるといえる)。このケースと本件との違いは、利用処分意思(=効用享受意思)の有無にではなく、占有侵害の有無にある。両者でその当罰性に決定的な違いがあるかは疑問であるが、犯罪の類型化という観点からはやむを得ない区別であろう。例えば、パン屋の店頭に並んでいるパンを、その場で食べる場合も、占有移転は効用享受行為の一部を構成しているが、これを器物損壊とすることには違和感があり、やはり窃盗罪とすべきだと思われる。