「回転寿司と財産犯 - 橋爪隆」巻頭言、法学教室2022年2月号

 

「回転寿司と財産犯 - 橋爪隆」巻頭言、法学教室2022年2月号

代金を支払う意思も能力もないのに、レストランで料理を注文し、その交付を受ける行為が詐欺罪(刑246条1項)を構成することは、刑法各論の基本中の基本である。詐欺罪が成立するためには、人を欺く行為(欺罔行為)によって被害者を錯誤に陥れ、財物を交付させる必要があるが、無銭飲食の犯人は、料理を注文することで、真実に反して、代金支払の意思・能力があることを表示しているといえるから、注文行為それ自体が欺罔行為に当たる。そして、代金を支払ってもらえると錯誤に陥った従業員が、料理を提供することによって詐欺罪が既遂に達することになる。
それでは回転寿司で無銭飲食を行う行為は、同様に詐欺罪を構成するのだろうか。最近の回転寿司チェーンでは、タブレット端末を用いて寿司を注文できるようになっているが、犯人がタブレットで寿司を注文している場合は、タブレットの注文情報を受けて従業員が寿司を握り、それを提供しているのであるから、詐欺罪が成立することは明らかである。これに対して、代金を支払う意思も能力もない者が、回転レーンを回っている寿司を取り、これを食べる行為はどうだろうか。既に述べたように、詐欺罪が成立するためには、欺罔行為によって錯誤に陥った財物を交付する関係が必要になる。犯人が回っている寿司を取る行為は代金支払意思・能力を暗黙のうちに示す行為といえそうだが、回転レーンの寿司ははじめから回っており、客がいつでも自由に取れる状態に置かれている。客がレーンの寿司を取るときに従業員の許可を仰ぐ店であれば、その段階で従業員の錯誤に基づく交付行為が認められるが、通常の回転寿司店では、従業員は誰がいつ、どの寿司を取ったか気に掛けていないのが通常だろう。したがって、詐欺罪に関する一般的な理解を前提とすれば、レーンの寿司を取る段階で、錯誤に基づく交付行為を認めることは困難である。詐欺罪の成立を否定したとしても、この場合、寿司の占有は、店舗の管理者の意思に反して犯人に移転していることになるから、窃盗罪の成立を認めることはできる。しかし、そうなると検察官は、犯人がタブレットで注文したか、回転レーンから取ったかを個別に立証した上で、詐欺罪と窃盗罪に分けて起訴する必要があるのだろうか。
コロナ禍の前、検察実務家と飲む機会があると、この話は(寿司の話だからか)それなりに盛り上がるネタの1つであった(酒席でこんな話ばかりしているわけではありません。念のため)。ただ、ひとしきり交付行為の有無をめぐって盛り上がった後、実務ではすべて詐欺罪で処理しており、これが問題になることはないという結論になるのが話の流れであった。確かに詐欺罪でも窃盗罪でも量刑はほとんど変わらないだろうから、実際の刑事裁判でこの問題が争点となることはほとんど考えられない(窃盗については、常習累犯窃盗〔盗犯3条〕となる可能性があるため、全く意味がないわけではないが)。
学生の読者のみなさんは、この話を読まれで、どのような印象を持たれただろうか。実務的には意味がない問題を考えてもしかたがないと思った方もいるだろう。あるいは逆に、この事例は詐欺罪の交付行為の意義を問い直す糸口になるかもしれないと、考え出した方もいるかもしれない。その中間で、実益に乏しい問題ではあるが、こういう事例を分析するのが何となく面白いと感じた方もいるだろう。ある意味、自分の問題関心や思考パターンを判別するための素材の1つになるかもしれない。私自身、も学生時代にこの話を聞いたらどのように受け止めたかについて、想像力を巡らせた次第である。