「被疑者が出したごみの回収行為について令状によらない違法な捜索・差押えに当たるとされた事例 - 駒沢大学准教授田中優企」法学教室2022年7月号

 

「被疑者が出したごみの回収行為について令状によらない違法な捜索・差押えに当たるとされた事例 - 駒沢大学准教授田中優企」法学教室2022年7月号

東京高裁令和3年3月23日判決
平成30年(う)第1390号わいせつ略取誘拐、強制わいせつ致死、殺人、死体遺棄被告事件

■論点
被疑者が居住するマンション敷地内のごみ集積場に出したごみについて、警察官が無断で立ち入って回収した行為は「遺留物」の領置として適法か。
〔参照条文〕刑訴218条1項・221条

【事件の概要】
警察官らは、DNA型鑑定に必要な資料採取のため、令状を取得せず、任意提出にもよらずに、無断で本件マンション(被告人が建物全体の所有者)敷地内の本件ごみ集積場に立ち入って被告人のごみを回収する計画を立てた。
本件ごみ集積場(居住部分と独立し、屋根及び正面に施錠設備のない引き戸があり、残る三方はブロック壁)は、公道に向かって柵等かない開放された本件マンションの駐車場の端にあり、公道直近に位置していた。被告人は本件マンションの管理業務をX会社(以下、本件管理会社)に委託し、同会社は本件ごみ集積場も管理していたが、本件ごみ集積場を含めた本件マンションの定期清掃業務をY会社に委託していた。ごみの収集は、Z市環境清掃協業組合が行っていた。
警察官らは、他の方法では資料採取ができなかったため、上記計画に従い、浮浪者風に変装した警察官が本件ごみ集積場に立ち入り、被告人が出したごみ(以下、本件ビニール袋)を回収した(以下、本件回収行為)。
鑑定の結果、本件ビニール袋から入手した吸殻(以下、本件吸殻)から採取されたDNA型と被害者の身体等から採取されたDNA型が一致したため、警察官らは、鑑定結果を疎明資料に発付された逮捕状に基づいて被告人を逮捕した。
第一審(有罪・無期懲役。千葉地判平成30・7・6)では、被告人は、本件回収行為の違法性及び本件吸殻に関連する証拠排除を主張しなかった。

【判旨】
〈控訴棄却〉「警察官は、被告人の捨てたごみを探し、これを回収するという目的で‥‥‥承諾も令状もないのに本件マンションの敷地内。すなわち私有地に立ち入っている。‥‥‥本件ごみ集積場は、私有地内に屋根と壁と扉で周囲と隔てられた空間を形成しており、明らかに第三者の無断立入りを予定していない構造となっているところ、警察官は‥‥‥複数のごみから被告人が捨てたごみを選別・特定している。したがって、〔この選別・特定〕行為は、刑訴法218条1項にいう捜索に当たる。」「警察官は‥‥‥本件ごみ集積場に体を入れ、その中にあった本件ビニール袋に及んでいる他人の占有を排し、本件ビニールの占有を取得したのであるから、その取得行為は同条にいう差押えに当たる。」「『遺留物』とは、自己の意思によって占有を放棄した物をいうが、ここでの占有とは、物理的な管理支配関係としての占有を指す」。「本件ごみ集積場の構造、本件ごみ集積場と本件マンションの距離等に照らせば、‥‥‥ごみを搬入しても、直ちに搬入した者の当該ごみに対する物理的な管理支配関係が放棄あるいは喪失されたとは認め難く、他方で‥‥‥搬入された時点で‥‥‥〔本件管理会社〕の物理的な管理支配関係が生じたとみる余地もある。そうすると、本件ビニール袋は、同条の『遺留物』には該当せず、警察官によって回収された時点では、なお被告人及び〔本件管理会社〕の重畳的な占有下にあった」(なお、本件吸殻に関連する証拠については、本件回収行為に令状主義の精神を潜脱し没却するような重大な違法性はなかったとして証拠能力を肯定)。

【解説】
1、刑訴221条の領置は、任意提出された物や遺留物について捜査機関が強制力を伴わずにその占有を取得する処分である。本件のような領置の適法性において、捜査機関がごみを取得した時点での占有の帰属が争われてきた。直近では①最決平成20・4・15刑集62巻5号1398頁(被疑者及びその妻が管理者のいない公道上のごみ集積所に出したごみを回収した事案について、占有を放棄していたと判断)、②東京高判平成29・8・3(被疑者が自宅敷地内に置かれた箱に出したごみを、予め捜査機関から要請されていた市職員が通常業務として収集した後、任意提出を受けた事案について、同職員が遅くとも収集した時点で占有に至ったと判断)、③東京高判平成30・9・5高刑集71巻2号1頁(被疑者が居住するオートロック式のマンションの各階に設置されたゴミステーションに出したごみについて、捜査機関が、ごみ処理業務を担う管理組合からごみの収集等の業務委託を受けていたマンション管理会社及び同会社から清掃の業務委託を受けていた清掃会社と協議して任意提出を受けた事案について、遅くとも清掃会社が回収した時点で管理組合と委託を受けた2社が重畳的に占有していたと判断)などがある。いずれも、ごみとして出されたことのみで排出者の占有を否定せず、排出場所及びその状況等並びに管理体制を基に占有の帰属を判断している。本件でも、同様のアプローチに従い、被告人及び本件管理会社の重畳的な占有を肯定し、遺留物の該当性が否定された。
なお、本判決によれば、令状に基づく捜索・差押えによらなくても、被告人のごみを特定するため本件管理会社から立ち入ることの承諾を得た上で、Z市環境清掃協業組合に任意提出を求めて領置することができたと判断している。
2、仮に被告人の占有が失われていた場合、前掲最決平成20年が判示するように「排出されたごみについては、通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待」が認められているため、本件の諸事情の下、任意提出に基づく領置について必要性及び相当性により適法性が判断されることになる。