(巻十九)休日は老後に似たり砂糖水(草間時彦)

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6月10日日曜日

私の場合、老後はそんなに甘いものではないでしょう。

新聞やテレビは避けているが、細君が俳壇は分けて届けてくれる。
最近、書き留めたくなるような句には巡り遭っていなかったが今朝は、

漣の均らしてゆける代田かな(中村襄介)

を書き留めさせていただいた。

雨の降り始める前の日曜日の午前中ということで生協は大変賑わっていた。
台風が接近して来るとの予報であるから、細君も3日分の魚と肉を買わねばと狭い通路をあちこちと動き回っていた。
そしてレジへと向かったが長い列が出来ていた。
並びながら横の酒類の棚を見るとジョニ黒・赤それにホワイトホースが安売りされていた。
スコッチウイスキーの安売りは珍しくないが、ホワイトホースがペットボトルに入れられて大五郎のように売られているのを見るのは寂しい。
ホワイトホース、カティサーク、ブラック&ホワイトなどはC・クラスとはいえ、スコッチウイスキーとしてありがたくいただいたものであります。

水割の水を濃いめにして蛍(春川暖慕)

まだ蔵出ししておりませんが、山口瞳氏の随筆の中にジョニ黒についての一節があります。

私のウイスキイ史 - 山口瞳」河出書房 人生論手帖 から


その頃、五味康祐さんがジョニー・ウォーカーの黒ラヴェルを飲ませてくれた。いくらか奇矯の一面のある大流行作家は私を可愛がってくれた。五味さんの家へ行くと、将棋の二上達也八段(当時・現将棋連盟会長)がいて飛角落ちの稽古将棋を指していた。
「ヒトミちゃん、飲んで くれよ」と五味さんが言ってジョニ黒とタンブラーとを私の前に置いた。当時のジョニ黒の権威たるや、これもちょっと言葉にならない。
五味さんなら許してくれるだろうという甘えがあり、将棋に夢中になっているのをいいことにして、私はタンブラーになみなみとウイスキイを満たして、一気にあおった。そんな飲み方をしたのは、それが最初で最後である。また、これまでウイスキイをこんなに美味いと感じたことはなかった。またまた陳腐になるが、真実(ほんと)の美酒がこれだと思った。ウイスキイはストレイトで飲むべきだという私の信念は、いよいよ鞏固になった。

以上抜粋

昭和四十年代後半、1970年代の前半に旧羽田空港の旅具検査官をしていたことがあるが、そのころはウイスキーの簡易税額が三段階分かれていたと思います。C・クラスについては多分あの辺りがそうだったと思います。B・クラスにジョニ黒やオールド・パーがあったと思います。
A・クラスに何があったかは覚えていません。今はシングルモルトが尊敬を受けていますが、そのころはそう言う言葉も知りませんでした。

これも蔵出し前ですが、シングルモルトについての一節です。

The whisky chronicles ? by Liza Weisstuch April 27, 2018 ウイスキー物語


Seven of the nine Islay distilleries Barnard wrote about are still operational. Two closed in the mid-to-late 1900s, when demand for single malt Scotches whisky made from 100 percent malted barley at a single distillery) declined as a result of changes in taste and fashion. Single malts long have been and still are largely used for blended Scotches, which are single malts blended with grain whisky; the pop appeal of single malts is a relatively new phenomenon.