(巻二十二)矢面に立つ人はなし弓始(桂信子)

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5月10日金曜日

の瘤は引っ込みつつあるようです。内出血が青いあざになってお岩さんみたいになるのかと心配していたが幸い眉毛の上あたりまで薄く青みがかった程度で今のところは済んでいる。

四谷にて鯛焼を買ふ出来ごころ(能村登四郎)

日向灘地震でthe地方都市も震度4だったらしい。は冷静に判断して電話を掛けることはしなかった。お昼ころにご機嫌伺いのメールはしたようだが返事はない。
しかし、あの地点が震源というのは穏やかな話ではないな。

地球儀のいささか自転春の地震(原子公平)

午後は図書館でNYT記事を物色しコピーを取って、それから久しぶりに“ときわ”をのぞいた。
ちょうど酒問屋の掛け取りが来ていて親爺と掛け取りが対座していた。親爺は小切手帳とチェックライターを座卓の上に置いて正座しているが、これが実にいい絵なのである。
正座と言っても力がうまく抜けていて、それでいて端正なのであります。
親爺は掛け取りに烏龍茶のいいのを探してくれと注文をつけていた。
そのまま飲む烏龍茶と焼酎を割るの良い濃いめの烏龍茶は違うようで、濃いめの烏龍茶でないとだめだそうだ。

掛乞は待つが仕事と煙草吸ふ(小西須麻)



「犬のいる風景 - 五木寛之集英社文庫 地図のない旅 から

を読み終わりました。五木寛之氏が氏の配偶者について語っている随筆です。以下の抜粋の部分などを読むと五木夫人の随筆があれば読んでみたくなるのではないでしょうか。


“その彼、曰く。
「細君というのは犬に似ているな」
「なぜ?」
「ほら、やたらと主人と遊びたがるじゃないか」
「うーむ。なるほど」
この感じがわかる男は恋愛結婚、もしくはうんと若い細君をもらっている人物であろう。学生結婚、職場結婚をなさった方なら、なおよく理解できるかもしれない。
私は私の配偶者と同じ教室で学んだ過去を持っている。したがって遊ぶ時も一緒だった。彼女は私が麻雀をやる時はノコノコついてきて仲間に加わり、私が競馬にこり出すとたちまち私以上に熱中するようになった。私の友人は、ほとんど彼女の友人であり、私がアルバイトで苦しんでいる時は、彼女が半分手伝ってくれたりもした。映画も一緒に見たし、マンボも踊った。質屋へも一緒に行き、デモにも加わった。酒は私より強く、私がはじめて日本脱出を企てた時も、なぜか一緒にいた。
したがって、世の細君がたのように、主人が何か楽しくやっているのを独り時計をながめつつ、レースを編んではほどき、ほどいては編みして待ちわびるという習慣がない。そんなふいだから、いつまでも主人から乳離れしないのである。すなわち、とかく主人と遊びたがる、のである。”

我が家の場合は、“犬型”ではあるのですが、妨害型の“犬”であります。私が一人で楽しむことを嫌がる点では五木夫人と似ていますが、わが“犬”は共に楽しむという選択はせず私に一人では楽しませないという解決法を採用しています。一人淋しく待つことはしていないという観点から見ればの流儀で目的を達しています。
しゃつまりませんが、仕方ありません。

マリ投げて遊べとさそふ若犬の眼の輝きはさやかけかりけり(平岩米吉)