「本の話だとすぐ古本屋歩きのことになる - 植草甚一」日本の名随筆別巻72古書 から

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「本の話だとすぐ古本屋歩きのことになる - 植草甚一」日本の名随筆別巻72古書 から

1 本の話だとすぐ古本屋歩きのことになる

ときどき机のまえで、そのときやっていることを忘れてボンヤリとし、三日間だけ神保町のそばのホテルに泊まりたいな、という気持になってくる。こないだも渋谷宮益坂の懇意な古本屋の主人にむかって『神保町の宿屋に三日間泊って毎日ゆっくり古本屋を歩きたいんだけど』といったら、説明不足だったとみえ『それよりタクシーでかよったほうが安あがりじゃないんですか』と返事された。
ぼくは経堂に住んでいるから神保町までタクシーで行くと千五百円とられる。神保町で買うのは洋書の古本で、雑誌も混じるが、四十冊ばかり買っていくら使ったかと、あとで暗算してみると、たいてい一万円そこそこだ。安い値段のものばかりにするし、それも一割くらい安くしてもらっている。七時ころになると疲れ、「ユッカ」あたりでコーヒーを飲みながら千円値切ったなど思うと、とても浮き浮きしてくる。けれどもそれがタクシー代になってしまったかと思うとガッカリしてしまうのだ。
かりに十万円とはいかなくても五万円では足りそうにないから、さしあたり七万円として、ホテルに泊って三日間ぶらつけば、二百冊は読んでみたい洋書にぶつかるはずだ。ぼくはまだ二百冊いっぺんに買ったことがないので、それをタクシーに積んで帰るときのことを想像すると、やっぱり三日間泊り込みで神保町の古本屋歩きがしたい。
タバコのみがよく受ける質問。あなたは毎日幾本すいますか。ぼくはピースが四箱。ぼくはハイライトが三箱です。この答えは不正確だ。ぼくは朝起きてから寝るまで十五分間に一本すう割合です。きょうは十五時間起きているつもりですが、そうすると六十本になりますね。こう答えるほうが正確だろう。
あなたはどれくらい本を買いますか。こんな愚問もよく受ける。ぼくは毎日十二冊ぐらい買っていた。それが最近は十五冊になっている。けれども本屋に行けない日がある。それでも一ヶ月に五百冊になってしまう。二冊か三冊じゃ本を買った気がしない。たまに神保町で洋書と雑誌を四十冊ばかり買って帰り、九時ごろからあっちこっちパラパラやりながら、いちおう目をとおすと夜中の二時ごろになるが、そんなときが一番たのしい。
新刊本と古本とでは、もちろん手にしたときの最初の感じが違う。日本のものが造本とデザインのうまさで世界一かもしれないと感じることがあるが、やっぱりこいつは頭が違うなあと、うなってしまう外国の本にぶつかることも多い。とくに最近はフランスの本の表紙に見とれてしまうことが多いが、それはアート紙の厚みと光沢のせいだろう。けれどレタリングのうまさと、そこから生まれる表紙全体のオリジナリティには、いくら日本のブック・デザインがいいといっても、とても敵わない気がしてくる。
ぼくはゲテモノずきだから一番うれしくなるのは銀座のイエナ洋書店に注文したアメリカ新人作家のものが到着したときだ。その新人の顔が表紙ウラに大きく出ていて、つら構えにイカすところがあるのが多い。顔つきというよりは、つら構えといったほうが、その小説の内容にピッタリすると思うのだが、ふしぎとそういった新人の本はブック・デザインも面白い。ところがどういう理由かわからないのだが、この一年間ばかりアメリカの本のブック・デザインが落ちてきた。
それから古本というと、いかにも手あかがついた印象をあたえるが、神保町で買ってくる本の半分は、むこうの新刊本であって、イギリスの推理小説は手つかずだし、いつも二冊か三冊は買った本のなかに入っている。
いま晶文社から出る本のゲラ刷りを直しながら、ずいぶん長いあいだ神保町の古本屋からはイギリスの推理小説の知らない作品をはじめ、いろいろとお世話になったもんだな、と思った。じつは神保町のそばのホテルに三日間泊って、古本屋歩きとゲラ直しを一緒にやりたい気持になったが、ゲラ直しのカンヅメなんかってないんだろう、編集部からは、なんともいってこなかった。