「浅草「煮込み街道」巡礼 - 坂崎重盛」東京煮込み横丁評判記 から

 

「浅草「煮込み街道」巡礼 - 坂崎重盛」東京煮込み横丁評判記 から

まずは観音様の手前左の横丁
演劇空間的伝法院通りを歩こう

「煮込みの層の下」に世界をながめていると、いろいろなことが見えてくる。
一つは、煮込みという食べ物は、この平成の世ではなく、昭和の、それも戦後の香りが残る町や地域に棲息することが多い、という点。
もう一つ、その煮込みを肴に、酎ハイ、ビール、あるいはホッピーのグラスを傾ける階層というのが、まず一〇〇パーセント、“自腹飲み”クラスであるということ。
接待や打ち合わせで、経費をたっぷり使って飲み食いできる状況では、ほとんど煮込みの出番はない。
注文する客の側のフトコロ具合がシビアでしたたかな分、煮込みを出す店の方も、それなりの腹づもり、自信がなければ堂々と「煮込み」の店の提灯をぶら下げることはできないだろう。
前回は、煮込み激戦区・立石の町を歩いたが、今回は、煮込みの聖地・浅草をブラついてみよう。
ここ数年で、浅草はまたグンと明るいイメージの町となった。かなりダークな印象がただよっていた伝法院通りや五重塔通りから、よどんでいたような空気が消えた。
とくに伝法院通りは、谷中銀座のリニューアルを見習ったかのような、まるで舞台美術のような「粋な演出」ぶり。
「さびれ場・浅草」をこそ、楽しみ、人をも案内してきた、行きずりの散歩者でしかない私など、こういった浅草の“良き”イメージチェンジを、少々さびしい気持ちでながめたりもするが、浅草で生きる人たちにとっては、それこそ他所者[よそもの]の余計な感傷でしかないだろう。
とはいっても、依然として、ここ伝法院通りは、浅草で私のとても好きな通りの一つである。仲見世から観音様に向かって、いよいよ境内に入ろうかという手前左側、これは外国人観光客向けか、あるいは大衆演劇用の舞台衣装かと思われるようなド派手な着物がぶら下がる通りを、左に折れる。
そこが伝法院通りだ。古道具屋がある。はんてん屋がある。古い腕時計が並べられている時計屋がある。軍服や股旅物の舞台衣装を売る店がある。古本屋もある。
一般的には伝法院通りの“名物”といえば、天丼の「大黒屋」だろう。てんぷらを揚げるゴマ油の香りがプーンとただよい店の前にはいつも行列ができている。ここの天丼のタレが、これが江戸風というのか、かなり味が濃く、ビールのつまみにはよく合う。
もう一つ、いや、もう二つ、伝法院通りには名物がある。こちらの方は、ちょっと注意しないと気がつかぬまま通りすぎてしまう。
一つは、見上げてごらん、この通りの上を。道の両脇の上方に、行灯[あんどん]が並んでいる。そこになにやら、文字と絵が書いてある。「地口行灯[じくちあんどん]」だ。
地口とは-まあ簡単に言えば、駄洒落ですね。たとえば、「寝る子は育つ」という諺がありますね。これを「寝る子はコタツ」と言いかえる。そして、コタツで気持ち良さそうに居眠りしている子の姿が描かれていたりする。
前に、北千住の宿場町通りを歩いていたら、この地口行灯の店があった。(ああ、ここで作っているんだ)と知って、少し、うれしい思いをしたことがある。もちろん、というか、北千住の飲み屋横丁には地口行灯がかかっている。ご当地グッズだもん。
地口の絵解きや、元の言葉なんかを当てっこしながら散歩、というのも、かなり江戸好み知的遊戯の世界ではある。
もう一つは-こちらも、地口とは無縁ではない、タイコモチ関連の通称、「おたぬきさま」の「鎮護堂」。伝法院の鎮守。幇間[ほうかん]、いわゆるタイコモチ、落語の世界ではおなじみの職業だが、今日では、五人あるいは六人しかいないという。
五月と六月末の「お富士様」の植木市に人と行ったりしたとき、ちょっと顔見知りの幇間(七好[しちこう]さん)に「オヤっ、お久しぶりッ」なんて、人前で声を掛けられると、ちょっと自慢で、小鼻がプクリとふくらんだりする。ご祝儀もあげないくせに。
それはともかく、この鎮護堂の奥の柵と隣り合っているのは、小堀遠州の造園といわれる伝法院庭園(一般非公開)をのぞきこむことができる。
大名庭園フェチの私、この通りを歩くときは必ず鎮護堂から庭園をのぞきますね。四季折々の定点観測のつもりもあつて。

 

「ホッピーロード」で煮込みとホッピー
一番のつまみは店内のお客さん観賞

さて、かくなる伝法院通りがつきるころ、私の気持ちは、右斜めに折れてゆく。右傾化の先に、通称、というか、私が勝手に名付けた「ホッピーロード」があるからだ。中央競馬会・ウインズ浅草のある通り。「公園本通り」というらしい。
この通りこそ、ホッピー、そして煮込みの店が軒をつらねる、煮込みの聖地なのだ。
かつて、それは明治から戦後まで、ビールは一種のゼイタク品、ハイカラな飲み物であったようだ。万国の?労働者は、焼酎のタンサン割り、あるいは梅割り、ちょっと日和[ひよ]って?ホッピー焼酎割りというのが定番といえた。
で、つまみは、スルメが肉じゃがが谷中かもつ焼きか煮込み。その煮込みだって、牛か豚か鳥か、何の煮込みか、どの部位が入っているのかわからない。「ホルモン」って言ったって語源は、もともと「放るもの」、つまり、内臓など、本来なら放り捨ててしまう部分を、テキトーに焼いたり、煮込んだという。
だから、というか、その証拠、というか、戦後すぐの食生活を体験した人の中には、「煮込み?あんな何が入っているかわからんものはねぇ」と言って尻込みする人は少なくない。
いいじゃないですか。何が入っていようが、味が、そこそこうまければ。
それに昨今、店の方でも、煮込みにはかなり気を使いだしているフシがある。中途半端なイタリアンで、トリッパ、いわゆるイタリア式煮込みを注文すると、洗いが不充分で内臓の臭みでヘキエキすることがあるが(臭いがまったくないと、これまた物足りないのだが)、下町の煮込み自慢の店は、ショウガの効用か、焼酎でもぶっ込んでいるのか、あるいはドサッと入れるネギの薬味のおかげか、各店各様、内臓の臭い消しには敏感なようだ。
まあ、そんなことは、どうでもいい。ホッピーロードを肩で風を切って歩いて行こう。しかし、本職のお方たちが向こうから歩いてきたら、スーッと身をよけて道を開けよう。タフな町でのビジターの町歩きの鉄則は「弱きを無視し強きを避ける」。
このホッピーロード、競馬のある日は場外馬券の客で、地熱のような熱気があるが、そうでない日は、ぐんと静かで、閉まっている飲み屋も何軒かある。
そんななかで、いつもきちんと商いをしていて、店内にテレビが何台もあって、大相撲のあるときは、競馬も相撲もお好みで見られる大店、「浩司」が安心である(月曜定休)。この店は、若い娘のテキパキと働いている姿が客を呼んでいる一因では。煮込みは品のいい牛すじ系で四五〇円。私は、コロッケと煮込みとキムチをつまみにホッピーですね。プラス、無料のつまみが、客の風体鑑賞?見るともなく見、見ないともなく見る、この技は習得するまでそこそこの修行が必要だろう。
「浩司」の少し先、ウインズの向かい近く「正ちゃん」もいい。こちらも牛すじ系の煮込みだが、切り餅大の真っ白い豆腐が可愛いい。こちらは四〇〇円。店の男衆はネジリハチマキ姿。キップが良くて感じもいい。なぎら健壱さんお立寄りの店と噂で聞いたが、お会いしたことはない。客層は、ウインズに近いせいか「浩司」より、さらに“本格派”。
まあ、ホッピーロードや、藤棚のある横丁、「初音小路」を行けば、ぐつぐつと煮込みか鍋の中で煮立っている光景をあちこちで目にする。店によって、多少の当たり、ハズレもあるだろうが、それもまた一興ではないですか。
ところで、浅草の煮込み、となると、観音裏、言問通りに面した「さくま」を挙げておかねば。煮込みにかぎらず、家庭料理風のつまみ、どれもうまい。値段もお手頃。しばらく前までは、夏の時期は煮込みはお休みだったが「煮込みだけ楽させておくわけにはいかないでしょ」とのことで、この店の名物が一年中食べられるようになった。
牛すじ、豆腐、コンニャクが絶妙な甘さで煮込まれている。とくに、味の少ししみたコンニャクを一噛みするとき、私はいつも、つい目をつぶってしまう。称して、「さくま」の「瞑想煮込み」(五〇〇円)。
浅草は、他の町にはない、濃い花街の空気が流れている。「さびれ場」のエグい臭いもただよっている。そして、もちろん、世界に冠たる観光地、浅草寺の浅草でもある。多重層的で奥にさらに奥のある町。
私は、ときどき、何かから逃れるように、この町にもぐり込みに来る。