「森下・門仲「もつの細道」を巡る - 坂崎重盛」東京煮込み横丁評判記 から

 

「森下・門仲「もつの細道」を巡る - 坂崎重盛」東京煮込み横丁評判記 から

東京の煮込み「ベスト5」の
二店が両端をピシリと押さえる

今回は深川、森下から門前仲町まで歩いてみよう。
都営新宿線の森下から東京メトロ東西線都営大江戸線門前仲町まで、そうねえ、一・五キロはない。他に立ち寄らずに歩けば、ゆっくり歩いても三〇分ほどか。
ところが、この間に、芭蕉記念館や芭蕉庵史跡展望庭園といった芭蕉ゆかりの聖地があり、小名木川を、かつて葛飾北斎も描いた高橋渡って左の清澄庭園、また右に行けば深川江戸資料館、そして東京都現代美術館、そこから木場親水公園を経て、富岡八幡、深川不動へとなると、これは、半日がかりの深川散歩となる。
しかめ、この行程の間、素通りすれば後ろ髪を引かれる味の関所があちこちに控えている、というのだから困る。いや、嬉しい。
なにせ、東京の煮込み人気ベスト5(いや、ベスト3といってもいいか)のうちの二店が、森下と門仲にオセロゲームの端と端のように、ピシッと押さえているのだ。
店の名は、もちろん、森下の「山利喜」と門前仲町、辰巳新道の「大坂屋」。
その間の食欲関連の店を挙げておこうか。森下駅交差点の近くから、その「山利喜」とすぐ近くの「山利喜新館」。石うすひき立てそばと酒の「京金」。桜鍋、馬刺しの「みの家」。清澄通りを少し南下して揚げたての元祖カレーパン(売り切れ注意)「カトレア」。さらに南下。右折して深川めし、下町風情の店がまえ「割烹みや古」。清澄通りに戻って高橋手前、右側、白いのれんが風にゆれる、池波正太郎はじめ文士御用達のどじょうの「伊せ喜」。
高橋渡って深川江戸資料館向かい、深川めしの「深川宿」。高橋から四〇〇メートルほど、清澄通りから左へ入った、その名も「辰巳湯」。この銭湯がじつにゆく、ここで一っ風呂浴びて腹ごなしするのは、まさに散歩の達人気分。
サッパリした気分で、仙台堀川にかかる海辺橋を渡れば深川一、二丁目。(ああ、食通としても知られた映画監督・小津安二郎はこのへんの生まれだったよなあ)と食欲つながりで思い出しながら歩を進めれば、深川ゑんま堂を過ぎ、高速の下をくぐれば、左に赤札堂
この赤札堂のすぐ先の一角、これぞ門仲の恥部、いやとんでもない、秘部(おんなじか)といわれる辰巳新道の飲み横エリアがあり、その左が深川不動富岡八幡宮となり、ここはもう参詣客相手の店がズラリと並ぶ。中でもご当地・深川の「六衛門」や、京漬物ぶぶ漬けセットが人気の「近為[きんため]」など、行列のない日はラッキーと思わなければならない。
ふう。ずいぶん、スタスタと歩いてしまった。この速度で歩くと、同行者はたいてい嫌がりますね。だから人を深川散歩に誘うときは、こんな傍若無人な深川めぐりはしない。森下から始める私のモデルコースは-。
私一人のときはともかく、人を案内するときは、やはり常番の店ははずせない。今は少なくなった下足番に迎えられて入れ込みの座敷で“けとばし”をつつく「みの家」もいいが、同行者が女性の場合は、やっぱり「山利喜」だろうなあ。
ここの煮込みは、もう、ほとんどフランス料理じゃないかな。その証拠に、ガーリックトーストもあるしね。ワインの品揃えだってリーズナブルで的確(ソムリエの資格を持つ店員がセレクトしているらしい)。
煮込みと並ぶ人気の焼きとんは、ものによって開店しばらくで売り切れとなってしまう。ストレートな性格の私など、店員さんに、「今日、すぐに売り切れになってしまうのは何?」なんてミもフタもない質問をして、もちろん、それも注文するからね。先んずれば人を制す。美味いものは知らない人に食べられたくない。自分と自分の仲間の口に入れたい。
煮込みや焼きとんばかりではなく、他の酒の肴も豊富で、味はどれも不足がない。と、まあ、いいことずくめのようだが、これがまた、五時の開店から、すぐに満席になってしまう。
土曜なんか、開店前から人が並んでいて、「居酒屋に並んでまでして入りたくないよなあ」なんて聞こえよがしにつぶやきながら、その当人(私)が開店ののれんが出るのを立って待っているわけだ。
願わくは、調理場が見えるカウンタ-席に座りたいのだが、それが叶わぬこととなり、カウンタ-どころか店にも入れず、んじゃ、と新館をのぞいてみると、これはしたり、こちらも一杯となると、連れがいる場合は、即、森下をあきらめ、タクシーをつかまえ門仲へ。
めざすは、これも大定番。門仲、辰巳新道の「大坂屋」へ。「山利喜」にしても、この「大坂屋」にしても、いまさら書くのが恥ずかしいくらいの有名店。でも、やっぱり、人を案内するときはハズせない。
ただ、「大坂屋」へ向かうときは、重要な決まり文句を先に言っておかなければならない。それは、「これから大坂屋へ行くけど、この時間だと、入れないかもなあ」と、店に入れなかった場合のエクスキューズをしておくのである。
実際、「大坂屋」をめざして入れるのは、一〇回に二、三回か。イチローの打率四割達成が早いか「大坂屋」の入店実績率四割達成の偉業なるかが注目、といった状況なのだ。
なにせ、この店、せまい。店内、カーブを描く白木のカウンタ-に丸椅子が七席。その横のカウンタ-に、詰めて五席か。
そのカウンタ-にドカンと大きな煮込み鍋が一つあるだけ。美は単調にあり。鍋の中には黒くなりかかった赤味噌?の中に、串にささったフワとシロがグツグツ煮えている。
一本一二〇円也のモツを注文すると、小さなたたんだ白いお手ふきと、カブの絵付けがされている小皿に大根の漬け物がつきだしに出る。
お店を仕切るのは、初代のお孫さんとか。文学少女が、そのまま初老を迎えたような婦人。しかし、眼に力があるので、店にふさわしくない客は、ピシャリとダメだしが出そうな感じではある。
ピシャリはいいが、連れを案内して、ここもまた入れなかったらば……。