「遊郭 - 酒井順子」角川文庫 ほのエロ記 から

 

遊郭 - 酒井順子」角川文庫 ほのエロ記 から

歌舞伎や文楽をたまに観るのですが、私の最も心躍るのは、遊郭が舞台になっているお芝居の時なのです。貧乏な家とか、閑居が舞台になっている時は、舞台美術も何となく地味な色合いで、すぐに眠くなってしまう私。しかし遊郭が舞台の時は、幕が開いた時から「ほうっ」とため息が漏れるような華やかさで、パッチリ目が醒めます。桜が咲き乱れ、花魁達の衣装は豪華、そして女形[おやま]の役者さん達もまばゆいばかりの美しさなのであって、「やっぱりお芝居はこうでなくっちゃ」などと、いつまでも女子供気分の私は、思うのです。
特に、「廓文章[くるわぶんしよう]」の吉田屋における伊左衛門といった能天気な役を、関西の二枚目役者である仁左衛門などが演じると、いかにも上方の阿呆ボンという感じがするし、その思い人である傾城・夕霧を玉三郎が演じれば、まさにそれは美男美女カップル。非常に華やいだ気分になるのでした。
が、しかし。廓というのはすなわち、女性が身体でお商売をする場所であるわけです。いくら華やかな衣装を着ていても、そして昔の花魁の地位は非常に高くて滅多な人では相手にしてもらえなかったといっても、遊郭遊郭
もちろんその手の場所にも、高級なものからそうでないものまで、様々な格があったようです。たとえば京都最古の花街である島原は、「花街」であっても「遊郭」ではない。花街は、歓楽街ではあっても歌舞音曲を中心とした場所。島原においては、教養ある太夫(トップの芸妓)を中心に、文人サロンのようなものまで形成されていたらしい。今も重要文化財として残る揚屋[あげや]の「角屋[すみや]」を見学すれば、職人達の技を尽くした螺鈿[らでん]細工や建具、一流の美術品などを見ることができ、日常から逸脱した空間を作ることにいかに心を砕いていたかが、理解できるのでした。
太夫や傾城のような高い地位につく女性もいれば、芝居には、遊郭の下級遊女を主人公にした悲しい話もたくさんあります。「冥途の飛脚」の梅川にしても、「心中天網島」の小春にしても、そして「曾根崎心中」のお初にしても、近松門左衛門の心中ものの主人公達はみな遊女なのであり、彼女達は悲恋の末に、涙を誘う結末をたどることになる。彼女達は遊女であるが故に、恋と金とそして情との狭間で、苦しむのです。

中でも「曾根崎心中」は、心中ものの中でもつとに知られた作品であり、私も大好きな演目なのですが、気が付いたら私は、曾根崎という場所に、行ったことがなかったのです。二人の心中の舞台となった場所は今はどうなったのか……と、興味をひかれて、関西を訪ねてみることにしました。
お初は、北の新地の「天満屋」の遊女。客であった醤油屋の手代・徳兵衛が金銭トラブルに巻き込まれ、やがて二人は曾根崎で心中することになる、というのがこの物語の流れとなっています。
舞台となった曾根崎は、梅田の駅のすぐ南側の地帯です。二人が、「この世の名残り、夜も名残り」と生を惜しんだのは、今となっては「えっ、こんな都心の真ん中で心中したの」と思うような場所。お初天神と言われる露[つゆの]天神社へね参道であるアーケード街は、二人の絵が描かれた大きなたれ幕がかかり、そこには「恋の街」とか「お初天神で永久の恋を誓う」といった文言が躍っている。あのような悲恋の舞台をも「恋の街」にしてしまうとはさすが大阪の人であるなぁ……と、風俗店なども並ぶ雑然とした参道を歩いていると、思うのです。
初天神はどうやら縁結びの役割を得てもいるらしく、中には、
「よしくんとナオナオが、ずーっとラブラブでいられますように」
などとカップルが書いた絵馬もあり、「わかってんのか?」と思うわけです。が、遊女と客の心中は、それだけ今の世の中においては、現実味の薄い事件になっているということでしょう。
遊女とはつまり、春をひさぐ職業につく女性であるわけですが、では現代、その手の職業につく女性はもういないのかといったら、そんなことはないのです。人類最古の職業と言われるくらいですから、そう簡単になくなるとも思えない。天満屋があった場所も、そしてお初と徳兵衛が心中への道行きをした場所も今はすっかり都心になってしまっていますが、その手の湿り気を帯びた場所は、どこかにあるのです。

と、その夜に行ったのは、大阪は飛田新地に存在する、「鯛よし 百番」という料理屋さんなのでした。飛田新地は、大正五年に大阪各地の遊郭や新地の業者を移転させてできた「新地」であり、「百番」も、大正時代に遊郭として建築された建物を、料理屋さんとして使用しているもの。
靴を脱いで「百番」の中に入ると、そこにはめくるめくような装飾が施された、たくさんの部屋が広がります。金箔張りの「陽明門」、杉戸には遊女達の絵、個室の入り口には太鼓橋がかかり、京の「三条大橋」の朱塗の欄干や、眠り猫までいるという、支離滅裂、かつ絢爛豪華なつくり。
それは、島原の「角屋」のつくりとは、少し違うのでした。角屋が文人墨客達をうならせるための粋を凝らしたつくりであれば、百番は、庶民の遊興感を盛り上げるためでしょう、思い切りポップ。
そして私は、角屋の室内にも橋がしつらえてあったことを、思い出した。のでした。室内に橋が存在するということは、まさにそこが現実世界とは別の世界への入り口であるということを示している、ような気がする。橋を渡って入った「百番」の一室で鍋などつついていると、「ここで昔は遊女が……」と、私までちょっと妖しい気分になってくるのです。

百番の中にいるとタイムスリップをしたような気分になってくるわけですが、もっと衝撃的なのは、百番の外に出てから、です。そこには、昔の遊郭はこうだったのではないかと思われる風景が、ほぼそのまま残されている。それも建築だけでなく、人間、つまり若い女性が、外からよく見えるような場所に座っているのです。
男性客は、時に徒歩で、時に車の中からドライブスルーのように「店」をぐるぐると見て回り、自分の好みの女の子を選ぶというシステムなのですが、その女の子達がとにかく若い、そして可愛い。その上、往年の鈴木その子もかくやという強いピンク色のライトを前から当てているので、この世のものとは思えないほどの、ほとんど神々しいような存在感ではありませんか。
が、私は女であり、本来はその場にいるべき人間ではないのでした。案内役として男性についてきてもらったのですが、「やり手」の皆さんが彼に声をかけた後、女性も一緒だということに気付くと、露骨に嫌な顔をされる。中には、
「アンタらはいらんのや!」
と、鋭い声で怒鳴る「やり手」さんもいて、「すみませんでした」という気分が強まってきます。
確かにここは、売り手側と買い手側以外は、立ち入ってはいけない場所なのです。この手の場所には、一般の土地と区別するための塀や大門が残っていたりするものですが、その塀や門はかつて、遊女達が逃げないようにするためだけではなく、真剣みの無い人の立ち入りを排除する役割も持っていたのでしょう。部外者、それも女性の存在は、新地の中で保たれている独特なバランスを、揺るがすことになるのです。
それでもコツコツと歩いていると、お客さん達の様子も、見えてきます。お客さんは、学生風だったりサラリーマン風だったりと、ごく普通の男性達。中には、
「皆で行ってみようぜ!」
と、思い切ってバイト代を握りしめてやってきたものとおぼしき学生さん達が、
「どうする?」
「どうしよう?」
と、集団で言い合っている姿もある。また二人連れの男性は、
「そろそろ決めようぜ」
「でも」
などと、行きつ戻りつしながら言い合っていた。
彼等の、ちょっと腰の引けた、弱気な姿。それは私には、「曾根崎心中」の徳兵衛であるとか、「冥途の飛脚」の忠兵衛の姿と、重なって見えるのでした。徳兵衛や忠兵衛など、心中ものに出てくる男性というのは、どこか頼りなく、意志薄弱だったりするものです。それに対して、遊女の方は、ずっとしっかり者であって、人間的にも出来ている。
「曾根崎心中」の道行きシーンにおいて、そろそろ夜が明けてしまうという時、なかなかお初を刺すことのできない徳兵衛を促すのは、当のお初なのでした。その時彼女は、人生最後の思い出として脳裏に焼き付けておくため、しかと目を開けて、「自分を殺そうとしている男の顔」を見ていたのではないかと私は思っているのです。 
その瞬間、お初は苦界[くがい]から永遠に逃れることができると同時に、好きな男と一緒に死ぬという思いも遂げることができ、さらに好きな男の中に、「お初を殺した」という思いを永遠に残すことができたのです。それは遊女生活を続けていたお初にとって、つらいと言うよりは、むしろ喜びの瞬間だったのではないか。
世の中には、意外と遊郭跡が残っているものです。静かな町並みが実は遊郭跡で、そのままの建物に人が住んでいたりする場所も、ある。そんな場所を歩く度に私は、格子の中にいたお初のような女性と、外側を逡巡しつつ歩いていた徳兵衛のような男性はいつの世にもいることを、思わずにいられないのでした。
その手の場所は今、私達の目に触れないようになっているかもしれません。が、そこに染みついて感情は、今もそしつこれからも、残っていくような気がします。