「キンタロー。女一発屋 - 山田ルイ53世」一発屋芸人列伝 から

 

キンタロー。一発屋 - 山田ルイ53世」一発屋芸人列伝 から

 

一人の男が、食い入るようにテレビを見つめている。
場所は彼の自宅。画面に写し出されているのは、“ブルゾンちえみ”である。御存じ、2017年の「24時間テレビ」(日本テレビ)においてチャリティーラソンのランナーに大抜擢された女芸人。番組史上歴代二位タイの高視聴率を叩き出した立役者である。
100km近い距離を完走した彼女の奮闘ぶりは、流石に「35億」とまでは行かぬが、多くの視聴者の感動を呼んだ。男も御多分に洩れず、ブルゾンに釘付け。
しかし、その彼もまた、一人の女の視線を釘付けにしていた・・・男の妻である。
部屋の一画に据えられた“ペットカメラ”からスマホに刻々と届けられる夫の姿態を外出先で凝視する妻。
何かの事件の予兆、サスペンスドラマ顔負けの構図に鳥肌が立つ。
当時の心境を彼女は、
「家で何してるのかな-とペットカメラを覗いたら、そこにはブルゾンさんの栄光の瞬間に目を奪われた旦那の姿が。『私って何なんだろう・・・』とすごく惨めな気分になりました」
と未亡人のような悲しげな面持ちで振り返るが、冷静に考えれば、夫が夢中でテレビを見ている、ただそれだけの光景。些か、嫉妬が過ぎる気もする。
「女優やアイドルならまだしも、芸人だよ?」「今一番の売れっ子だし、テレビに出てたら一応見るでしょ?」
眉を顰[ひそ]めた読者の心の声が漏れ聴こえてくるようだ。しかし皮肉にも、これら全てが男の妻の過剰反応、その理由に足り得た。
彼女の名は、キンタロー。AKB48前田敦子のモノマネで一世を風靡した、あの女芸人である。
自分の夫が、自分と同じ女芸人にお熱を上げているという、只でさえ屈辱的な状況に加え、2015年に入籍したその夫の職業がテレビ制作に関わる現役のディレクターだという事実も、キンタローの嫉妬の炎に更なる薪をくべた。
舞台上で見せる子供のようなあどけない笑顔や、彼女のキャッチコピー「良い子 強い子 面白い子」からはかけ離れた闇の姿。まるで『ジキルとハイド』、あるいは『ヤヌスの鏡』・・・これ程に二面性を併せ持つ芸人を、筆者は他に知らない。
彼女がブレイクしたのは、2012年末である12月26日の「有吉反省会」(日本テレビ)、翌27日の「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ)の「博士と助手 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」と、人気番組へ立て続けに出演。特に、「細かすぎて」に関しては、初出場初優勝という大きな爪跡を残した。その反響はスサマジク、当時100程度しかなかった彼女のブログのアクセス数は、一夜にして50万に激増。当然、業界での注目度も鰻登りとなり、事務所の電話が仕事の依頼で鳴り止まない・・・一発屋なら誰しも経験する“スイッチが入った”状態に突入する。キンタローは、実質、この2日間でスターになったと言っても過言ではない。
前田敦子ちゃんのモノマネしたら、皆が凄く喜んでくれて!」
と渋谷の貸会議室で当時を振り返るキンタロー。「喜んでくれて」とは、如何にも彼女らしい。
デビュー以降、オアシズ光浦靖子デヴィ夫人芹那など豊富なモノマネレパートリーで露出は増やしてはいたが、
「いくつか番組には出たけど、ドカンというのはなかった・・・」
そんな状況を打破したのが、“あっちゃん”のモノマネだったのである。
しかも、特筆すべきは、デビューこそ30歳と遅かったが彼女がブレイクしたのは芸歴1年目だったということ。正にシンデレラストーリーである。ただ、厄介な事にこのシンデレラ、ガラス製なのは靴ではなくハート。この場合、ガラスが意味するのは、脆さではなく、“曇り易さ”の方である。

 

あだ名は“しょくぱんまん

 

デビューの遅さに比して、お笑いに対する目覚めは早かったキンタロー。志村けんやコロッケがお気に入りだったそうで、
「結構ひょうきんな子供で、家族・・・特に母をよく笑わせていました」
そのお茶目ぶりは身内だけに止まらず、両親が営むビジネス旅館の宿泊客に対しても発揮され、マスコット的存在となる。彼らの宴会を盛り上げ、玩具を買って貰ったり、大いに可愛がられた。
しかし、そんな生来の明るい性格も、学校へ行くと途端に鳴りを潜めた。
「クラスでは何故かツンと澄ましたキャラクターで、『志保ちゃん(本名)怖い』と言われてた。すごく良く言えば、“ぱるる”(元AKB48島崎遥香)みたいな」
確かに、すごく良く言った。これには筆者も塩対応。スルーで応じるしかない。
「『どうして私は周りに溶け込めないのか』『何故、腫れ物扱いされるのだろうか』と悩んでた。本心では、皆と仲良くなりたかったのに・・・」
本当の自分、素の自分を曝け出すことなく、人の輪に入れぬまま時は過ぎ、迎えた小学校3年生のある日。1年生の時から徐々に肥大化し始めた顔を、クラスメートに「しょくぱんまん」と命名された時期でもある。
皆の前で素の自分を出せたのは、ひょんなキッカケだった。
「『五匹の子豚とチャールストン』という曲で好きに踊るという時間があって。無我夢中でワーッと踊ってたら皆が笑ってくれた。その時、周囲との壁が一気に無くなる感覚があって、皆と仲良くなるツールはお笑いだ!と電撃が走った」
この出来事以降、「周りを笑わせる」というのが、彼女の人生の命題となる。お笑い芸人キンタローの原点。その開眼のキッカケが奇しくもダンスだったことに、何か運命を感じずにはいられない。
かくして、一躍クラスの人気者になった彼女だが、中学では再び人の輪の外へ。というのも、笑いに奔[はし]る余り、嫌がる同級生に自作の「チ○コの歌」を執拗に聞かせた結果、仲間外れの憂き目に遭ったのだ。筆者が一節リクエストすると、
「びらびぼんぼんチ○ぼぼんぼぼんぼん えらいおもろいチ○ポーコ」
狼少年ケン」のオープニング曲を思わせるメロディ-に乗せ、歌い上げてくれた。なるほどこれは、嫌われる。
いじめの対象となり、学校も休みがちに・・・暗黒時代の到来である。そんな自分を変えようと、高1の夏休みに、カナダへ旅立つ。3週間限定のホームステイだったが、ホストファミリーの前で踊ったリッキー・マーティンが存外にウケ、帰国した時には、中学以前の自分を取り戻していた。またしても、ダンスに救われた格好である。

 

「お笑い隊員」キンタロー。

 

お笑いに対する憧れは燻っていたが、高卒で芸人になる勇気はなく、「とりあえず笑いの聖地・大阪へ」と関西外国語大学短大へ進学。すると、余程、縁があるのだろう・・・競技ダンスに一目惚れし、早速ダンス部の門を叩いた。
「ダンス部は綺麗な人ばっかりで、最初は躊躇しました」
しかし、ここでも彼女は笑いを武器に、果敢に“人の輪”に入って行く。
「『顔めっちゃでかいな!』と引かれるのは分かってた。だからむしろ言って下さいと。お笑い“隊員”に徹しました」
惜しい。“要員”と言いたかったのだろう。キンタローは時々、阿呆である。
いずれにせよ、自ら「コイツはイジっていいヤツ」だと周りに摩り込み、ムードメーカーのポジションを確保した。
しかし、世の中分からない。一介の“お笑い隊員”だった彼女が、在学中に、全国大会サンバの部で四位入賞という実績を残すことになるのだから。
数年に亘る、ダンス漬けの日々。
一方、お笑いへの情熱も消えてはいない。短大卒業の際には、吉本新喜劇の「金の卵」オーディションを受け、見事合格している。しかし、当時、好意を寄せていたダンス部の先輩に、
「お笑いやるなら、ダンスはやめろ!」
と二択を迫られ断念。この時、新喜劇の道に進んでいれは“乳首ドリル”をされるキンタローを見られたかもしれぬ。いや、別に見たくはないが。
結局、大学を卒業すると、社交ダンスの講師の職に就いた。競技も続け、家庭の事情で辞退したものの、ロンドン開催の世界大会の日本代表にも選ばれた。
しかし、嘘か真か、大きな顔のせいで首のヘルニアを患い、選手の道を断念。不動産会社の事務職なども経験するが、
「全然、使いものにならなかった。役に立てないのが申し訳なくて・・・」
と悶々とする日々。丁度その頃。彼女の周囲の人間が次々と結婚する。気が付けば、それに乗じて、毎週のように余興を披露するのが数少ない楽しみの一つになっていた。そうする内、ウケる喜びを思い出したキンタロー。駄目押しは、街で偶然出くわした先述の“二択先輩”の、
「まだ芸能界入ってなかったの?とっくに芸人になってるかと思ってた!」
この一言に“踊らされ”、一念発起。2011年4月、松竹芸能のタレントスクールに入学する。
漸く芸人としての第一歩を踏み出したわけだが、彼女は焦っていた。
無理もない。その時すでに29歳。
「もう年が年だし。他の人と同じ速度でやっていては間に合わない」
そんな気持ちは、スクール入学当時の彼女のブログにも垣間見える。
「松竹スクールに入学してから9月で半年経ってしまう。なのにまだ、面白くなれてない。頑張らなきゃ」(2011年8月のブログより一部改変)
焦燥感と、ダンス時代に培われたストイックな姿勢。この二つが芸歴1年でのブレイクの原動力になったのは間違えない。
キンタローの芸、その面白さを構成する要素は大きく分けて三つある。
一つは、彼女のチャームポイントでもある、顔の大きさ。
「初めて私の顔を見た人は、結構ビビりますね・・・」
サラリと自虐ネタを披露するが、初対面ではない筆者も毎回結構ビビる。遠近感が狂わされるのだ。やや幅広のテーブルを挟んで向き合った筈が、眼前に迫るキンタロー。差し詰め、ドラマ「101回目のプロホーズ」(フジテレビ)の劇中、ダンプカーの前に飛び出し、
「僕は死にましぇーん!」
と叫んだ武田鉄矢の心境である。
顔のデカさは長年彼女のコンプレックスだったが、お笑いの世界では強力な武器。とんねるず石橋貴明にも、
「君のその体型は宝だ!」
と太鼓判を押された。目測四頭身のアンバランスな体型が醸し出すマスコット感、ギャグ漫画感は唯一無二。そこに佇むだけで既に面白く、笑いを誘う。
もう一つは、過剰にキレのある動き。日本トップレベルの社交ダンスの実力に裏打ちされた彼女の動きは、男性芸人の“ギャガー”に匹敵すると言っていい。
最後に、忘れてはならないのが、モノマネ芸、それ自体の精度の高さ。ブレイク前、徐々に披露していた光浦靖子のモノマネなどは、「滅茶苦茶似てる。凄い子が出てきた!」との称賛の声が、筆者の周りでも多数聞かれた。
面白体型の人間が、キレのある動きで、そっくりねモノマネをする・・・出世作、「元AKB48前田敦子のモノマネ」はキンタローの“強み”が全て詰まった真骨頂。売れないわけがない。

 

唯一の“女”一発屋

 

と、ここまで筆を進めておいて突然の卓袱台返しは非常に心苦しいが、言わねばなるまい。
実は、キンタローは一発屋ではない。
実際、彼女のことを一発屋芸人と認識している方はそう多くないだろう。
勿論、全盛期に比べれば、仕事の量は減ったが、「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS)の社交ダンス企画やモノマネ特番など、大型露出は定期的にある。モノマネ芸人は営業にも強く、収入面で逼迫している様子は微塵もないし、結婚など、話題にも事欠かない。
キンタロー自身は、
「そうですかね・・・(一発屋だと)思われてますよ・・・」
と謙遜するが、あまり強く否定しないところを見ると、彼女にも多少自負はあるのだろう。とにかく、客観的に見て一発屋と一口に断じるのは気が引ける。
「じゃあ、何故、キンタローなんだ!」
本書は『一発屋芸人列伝』。お叱りは御尤もだが、今回、彼女に登場してもらった理由は明確である。
昨今の“一発屋”の定義は、かつてのように「あの人は今」といったニュアンスではなく、“一発屋という肩書”で仕事をする人間を指す。要するに、より狭義の意味に変じており、自ら一発屋と呼ばれることを許容した人間しか一発屋を名乗らないし、周囲も一発屋としてイジらない。その点、キンタローは、一発屋芸人の集いである「一発会」に自ら参加しており、心置きなく一発屋“扱い”して差し支えない。
そして何より、これが最大の理由なのだが、彼女以外に“女芸人の一発屋”が見当たらなかったのである。
いや、単純に「何年か前に大ブレイクしたけど、今はさっぱり」という定義でいけば、失礼ながら何人か該当者の顔が頭に浮かぶ。しかし、皆一発屋としての仕事はしていない。有り体に言えば、打診はしたが、全員に断られたのである。
一発屋と言えば男ばかりで、女芸人には存在しない。
男と女・・・これはもはや“ジェンダー”の領域。素人が扱うにはデリケートな問題である。
そこでジェンダーの問題に詳しい、大正大学准教授、社会学者の田中俊之先生にお話を伺った。彼の専門は、男性学である。
「あくまで、全般的な傾向の話ですが」
と前置きしつつ、
「男は“競争”、対して女は“協調”・・・つまり『みんなと仲良くしましょうね』という意識のもとで育てられます。男女のこの縛りは未だに強いんです」
と舌も滑らかに語り出す田中先生。
「男性が競争に晒される中で、男らしさを証明する方法は二つあります。一つは『達成』。スポーツ選手や医師など、社会的地位が高いとされる職業を目指すのは典型的です。もう一つは『逸脱』。競争に勝てない場合、社会的なルールから故意にはみ出すことで、男らしさの証明とする。若い人ならヤンキーになるとか」
つまり、“盗んだバイクで走り出”した曲を大ヒットさせれば「逸脱」&「達成」・・・そのアーティストがカリスマと呼ばれるのは当然の帰結なのだ。
「大人の男性の場合、“芸人になる”ことは一種の逸脱とも言えます。既存の枠組みには収まらないけど、自分は何がしかの者なのだ、と」
若干、嫌な言い回しなのはさて置き、
「中でも“一発屋芸人”は、芸人を選んだ時点で一度ルートを外れているのに、さらに一発屋・・・逸脱に逸脱を重ねているわけです。」
“借金に借金を重ねる”ような物言い、しかも、正確には逸脱→達成→逸脱である。肝心の“一発”の部分を端折られては堪らないが、とにかく、一発屋が男の土俵だというのはよく分かった。
「一方、『皆と仲良く』という協調の空気の中で育てられる女性の場合、そもそも芸人になるという『逸脱』行為自体がかなりの勝負。“女らしさ”の証明とはならない上、更に『一発屋』のレッテルを貼られるのは、“恥の上塗り”みたいなものです」
恥・・・複雑な心境だが、なるほど。女性芸人が一発屋を名乗り難いのは、個人の問題ではなく、男女の“らしさ”を作り出している社会構造、空気感に要因があるのかもしれない。田中先生はこう結んだ。
「芸人もやりつつ、例えば企業のマナー講師など、全く異なる方向の仕事に活路を見出す方が『そんな特技があるんですね!』などと(女性としての)体面が保てるのだと思います」
料理本を出版”、“舞台女優に転身”・・・男の芸人にも散見される視点ズラシだが、一発屋という選択肢がない分、“女芸人”という双六の方が、より茨の道なのかもしれぬ。

結婚一つとってもそう。
「幸せなイメージが付くので、『ブーブー言う枠』に呼ばれなくなる」
と溜息を吐くのは再びキンタローである。彼女が言うには、既婚者は、「結婚できない」「モテない!」と嘆く、女芸人定番のノリが出来ないため、若干仕事が減るらしい。
「芸人としては負け組です・・・」
楽しい結婚生活の話でも、と水を向けただけなのに、何故か暗く沈んだ空気に。勿論、最近は、結婚してもバラエティの一線で活躍する女性芸人も多く、単純に“ブーブー枠”の問題だけてはなかろうが、いずれにせよ、女芸人とはつくづく因果な商売である。
男女分け隔てなく誰もが一発屋を名乗れる時代が来た時、本当の意味での平等な社会が実現するのかもしれない。
このようにジェンダーの観点からすると、“女らしさ”とは程遠い一発屋という立ち位置。
一体何故、女芸人キンタローは、自ら一発会に身を寄せたのか。
彼女が初めて参加したのは、2016年の冒頭に催された新年会の席である。
「憧れの芸人になれた今、芸人の輪に入りたい。でも、気が付くと芸人仲間が少なくて寂しかった。そんな時スギちゃんが一発会の話をしているのを盗み聞きして、『私も入れてください!』とお願いした」
と参加のなりゆきを語るキンタロー。
紅一点だったせいか、彼女は妙にチヤホヤされていた。ダンディ坂野、小島よしお、レイザーラモンHG、レギュラーといった中年男達を手玉に取り、「俺達の妹」「お姫様」的扱いを享受する姿は、『黒革の手帳』顔負け。“一発”という玉手箱を開け、時代に取り残された浦島太郎達を相手に、乙姫の如く振る舞う女、キンタロー・・・ややこしいことこの上ないが、筆者の目には、彼女がこの日の集まりを満喫しているように映った。しかし、本人曰く、
「やっぱり、まだ気を遣われてるなーって。グループに入れたはいいけど、こいつ微妙だなと思われてるんじゃないかと。皆の輪に上手く入れなくて、『ああ、私、本当に駄目だなぁ・・・』と落ち込みました」
もうお気付きだろうが、真面目すぎる性格が仇となり、キンタローは時折、ちと面倒臭い。極めつきは、
「女芸人の集まりに呼ばれない・・・」
と目下の悩みを吐露した一言。おかげで、筆者の疑問が氷解して行く。
何故彼女が、ジェンダーの垣根を越え、一発会を訪れたのか。それは、本命の女芸人の集いに参加出来ないから・・・意地悪く勘繰る気は毛頭ないが、当たらずとも遠からずといったところだろう。
思えば、キンタローの半生は“人の輪に入る”ための挑戦、その連続であった。“女芸人会”という頂に辿り着くまで、山肌の窪地、一発会で吹雪を凌ごう・・・だとしても、大歓迎である。

 

「もっと明るくなりたい」

 

疑問は去ったが心配が残る。果たしてこの先彼女は、女芸人の輪に入って行けるのだろうか。
大体が、彼女の芸風自体、今の女芸人の本流から外れていると言えなくもない。
昨今の女芸人達は、同じ女性の共感を得るネタ・・・「嫌な女」「ウザい女」を題材にしたモノマネを武器とするものが多い。“あるある”ならぬ“いるいる”。これなら、女性の支持は勿論、男性も単純に面白く見られる。
一方、キンタローの主力武器は、可愛い女性芸能人のモノマネ。しかも、心の師・コロッケ同様、毒を含むネタである。畢竟[ひっきょう]、対象タレントのファンから叩かれ炎上するリスクは避けられない。前田敦子然り、Ami (元 E-girls)のモノマネ然り。その着火力は、BBQに携帯して行きたいほど。勿論、面白いのだが、彼女のネタは総じて男性ウケを狙ったものが多く、パフォーマンスの空気感、瞬発力は、男芸人のそれに近い。いや芸風云々以前に、
「そういうの目指してるんですよ!“女感”が出るの嫌なんです!」
と熱弁する彼女の言葉に、
(・・・そういうところじゃない?)
との思いは禁じえない。女芸人と仲良くしたい人間が、「女感が嫌」発言は如何にも拙い。何より、危惧するのはお馴染み、キンタローの面倒臭さである。インタビュー中も、
「前向きな言葉を求めてニーチェとか読んじゃうんです。でも『ニーチェの名言集』を読んだらめっちゃ暗くて、すぐ閉じました」
(なんじゃそれ!)
「最近、ダライ・ラマにもハマってて・・・」
(いや、啓発好きやな!)
・・・逐一、面倒臭い。
「今の唯一の居場所はブログです・・・」
100から50万・・・一番最初に自分のブレイクを実感できた場所。思い入れが強いのは結構だが、
「1年前位まで、女芸人カテゴリーで私がずっと一位だった。『ブログで一位だから大丈夫だ!』て自尊心が満たされていたのに、それを“嗅ぎつけた”やしろ優ちゃんが真似して、今、彼女が一位なんです・・・」 
突如、心が闇に飲み込まれたのか、身も蓋もない物言い。先輩として流石に苦言を呈すると、
「親からも『妬みの子』と言われてました。母が妹にぬいぐるみを買い与えると、『ああ・・・私には買ってくれなかったのに』とすぐに嫉妬してしまう」
と即座に反省する・・・のもまた面倒臭い。
勿論、礼儀正しく、真面目で、明るい一面もあるある。しかしそれ故に、
「この子“何か思ってる”な-・・・」
という面倒臭さ、いや「しんどさ」が常に付き纏うのである。
「もっと明るくなりたい・・・」
と暗い口調で語るキンタロー。いつしか筆者の口をついて出る台詞は、「そんな事無いよ!」「大丈夫だと思うよ?」ばかりとなった。もはや、只のカウンセリングである。
しかし、彼女に思い悩んでいる暇はない。キンタローの目前には大勝負が控えている。番組企画で始まった挑戦で結果を出し、2017年10月の社交ダンス世界大会の出場権を見事勝ち取ったのである。かつて二択を迫られた“お笑い”と“ダンス” ・・・結局二つとも手に入れた。
更に現在、キンタローは演劇界からも熱い視線を注がれている。2016年6月つかこうへい作「リング・リング・リング2016」の主役に抜擢、同年12月には、ミュージカル『プリシラ』にも出演した。後者はブロードウェイでも大ヒットした作品。日本版の演出は宮本亜門である。彼女をよく知るマネージャー氏は言う。
「モノマネでブレイクして、社交ダンスで世界大会に選ばれるなんて普通は出来ない。モノマネだけであれば一発屋で終わったかもしれません。でも彼女には演技もダンスもある。“そういう星”の下に生まれたのだと思います」
現在、芸歴6年目。しかし、「周囲を笑わせる!」と決意したあの幼き日からの下積みを思えば、実は彼女は大ベテラン。その全てが今実を結びつつある。
女芸人でありながら、今は女芸人の本流から「逸脱」してしまったキンタロー。そもそも芸名の「キンタロー。からして、女性らしさの欠片もない。
愚痴も多いし、面倒臭い。
世間が思い描く、明るく楽しいイメージとは程遠い実像。
しかし、“人の輪”に入るためもがき続けたその半生は、“協調”の権化、女子そのものとも言える。
彼女も一人の人間。
色々な面を持つのは当然のこと。
何処を切っても、同じ顔・・・キンタロー飴の様には行かないのだ。
いずれは、同じ女芸人の“人の輪”に囲まれる日が彼女にも来るだろう。
だが、それまでは一発会で我慢して欲しいのだ。何故なら彼女は世界で只一人、女芸人の一発屋なのだから。