「起こしてない?社会的時差ボケ」ロハス・メディカル 2023年秋号 から

 

「起こしてない?社会的時差ボケ」ロハス・メディカル 2023年秋号 から

 

平日と休日の睡眠時間帯が何時間もズレて日中にボンヤリする「社会的時差ボケ」、ちょっとしたキッカケで容易に陥るだけでなく、体に意外と負担をあたえるようです。

 

まずは基本的な話から。地球上の生命ほぼすべて、遺伝子発現の多寡が概日(ほぼ1日)リズムで変動する「体内時計」を全細胞内にもっており、その時計に制御されて細胞個々の活動レベルを変化させています。2017年には、その分子メカニズムの一端を明らかにした米国人研究者三人にノーベル医学・生理学賞が与えられました。
人間の場合、「体内時計」は睡眠、摂食行動、エネルギー代謝、ホルモン分泌、血圧調節、体温調節など多くの生理現象に影響を与えます。そして1周期は24時間より少し長めで、放っておくと外界の1日とズレていきます。また末梢組織の個々の時計が刻むリズムも、放っておくとバラバラになっていきます。
体内時計が狂う、つまり末梢組織の活動レベルが外界の環境とズレたり、組織ごとのリズムがバラバラになったりすると、生命活動の効率が悪くなり、短期的にはインスリン感受性や血糖値の異常、睡眠障害うつ病双極性障害などを起こしやすくなります。長期的にも、がんやパーキンソン病アルツハイマー病など様々な疾患のリスク増加と関連していることが分かっています。
こんなことになってしまわないよう、私たちの体には体内時計を外界の1日に合わせて同期させる仕組みが備わっています。「朝」に眼から強めの光を浴びると「新しい1日が始まった」と脳の視交叉上核にある親時計がリセットされ、ホルモン分泌や自律神経の信号を通じて末梢の個々の子時計に同期するよう刺激を送るのです。
朝に「」が付いているのは、通常の朝ではなく、親時計にとっての朝であるという意味です。重要なので、P6で再度説明します。
問題は、24時間動き続ける現代社会を生きていると、体内時計と合わない時間帯にも活動を強いられることです。社会的要求に体内時計が同期していけばよいのですが、一気に追いつくのは難しく、往々にして体内時計が同期しきらないうちに制約なく好きなだけ眠れる休日が来て、平日と休日の睡眠時間帯が何時間もズレてしまう結果となります。こうして生じるのが、社会的時差ボケです。
これまで社会的時差ボケには、代謝が悪くなって太りやすくなる影響が知られていました。ところが、もっと直接的な健康への悪影響がありそうとの研究結果が出てきたのです。

 

ズレたった一回 早朝に血圧上昇

 

早稲田大学スポーツ科学学術院のチームが、驚くべき実験結果報告を7月の『Hypertension Research』誌でしています。
詳しい実験の流れはコラムを参照していただくとして、その内容をかいつまんで紹介すると、元々は生活時間帯が安定していた若年男性20人を被験者とし、週末だけ就寝と起床を2~3時間遅らせたところ、いつもと同じ時間帯に起床してもらった翌週月曜早朝の血圧上昇幅が金曜より平均5mmHgほど有意に高くなりました。しかも、その早朝血圧の変化と動脈硬化度の変化量、動脈硬化度と交感神経活動の変化量の間に有意な相関関係が認められました。週末の就寝・起床時間帯を動かさなかった場合、有意な変化はありませんでした。
つまり、たった一回の社会的時差ボケを生じさせたことだけで、血管を傷める原因として最近注目を集めている「モーニングサージ」が起きたわけです。研究チームでは、今回の発見によって、月曜朝に心血管イベントが発生しやすい理由を説明できるかもしれない、としています。
週末だけ就寝や起床の時間を遅らせ、趣味を楽しんだり普段の睡眠不足を取り返したりするのは、現役世代の方なら珍しくない行動でしょう。それが血管を傷めて心血管疾患リスクを上げるのだとしたら、私たちは社会の在り方を根本的に再検討しなければならないのかもしれません。

 

親時計リセット 難しくてドツボ

 

生活リズムと体内時計がズレていると言っても、末梢の子時計は親時計からの指令だけでなく食事や運動などを通じて入った刺激によっても調節されるので、ズレを解消していくのは比較的容易と考えられます。一方で睡眠と覚醒を制御している親時計は、今から説明するように、そんなに都合よく動かせません。
だから社会的時差ボケが起きるのですし、その場合には親時計と子時計の刻む時間帯もズレているでしょうから、体にとってはブレーキとアクセルを同時に踏まれるような効率の悪いことになり大きな負担になると考えられます。脳も、恐らく潜在能力を充分に発揮できず、つまり生産性が低いことでしょう。
親時計を調整するのが難しいのは、光で周期を短くリセットできるのが「朝」のわずかな時間帯に限られ、変な時間に光を浴びると、むしろ周期が伸びて逆効果になるからです。
親時計の「朝」を正しく把握し、その時間帯に光を浴びて、1日あたり30分から1時間程度ずつ何日もかけて目標の時間帯まで前倒ししていくのが王道です。そして親時計の「朝」は、まず睡眠不足を解消して、自由に眠った場合に自然と目が覚める時刻を見極めるという方法でなければ正しく把握できません。
社会生活を送りながら片手間に直せるような甘いものではないのです。そもそも、個人ごと遺伝的に適した「朝」があるので、合わない時間帯で無理すると、すぐズレていきます。
この問題を根本的に解決しようとする場合、ヒントになるかもしれないのが、新型コロナ禍の外出自粛によって社会的時差ボケが減ったという報告です。つまり、これまでの常識を当たり前と考えず、その気になって社会全体の在り方を見直せば、もっと生産性の高い社会になるかもしれません。