「元素118の新知識のまえがき - 編者 桜井弘」元素118の新知識第2版 BLUE BACKSから

 

「元素118の新知識のまえがき - 編者 桜井弘」元素118の新知識第2版 BLUE BACKSから

 

〈第1版〉のまえがき

 

現代に生きる私たちは、毎日の生活や広大な宇宙が、最も基本的な要素としての“元素”から成り立っていることを知っている。
私たちは、自然界に存在する約90種類の元素から構成されて世界に生きている。およそ700万年前に誕生したと推定される人類が、自然の中で輝く金や銅のかたまりを見出して感動した瞬間こそ、人類と“元素”の初めての遭遇であろう。人類が進化し、文明や文化を築いていく中で、多くの元素が発見され、人類はそれらを、時に道具として、時に武器として、あるいはまた宝や貨幣として用いる技術や方法を考案してきた。
アラビア半島で生まれた錬金術は、中世ヨーロッパに伝わって“科学”として発展し、17世紀にはイギリスのボイル、18世紀にはフランスのラボアジェ、19世紀にはイギリスのドルトンらが、“元素”という考え方を確立していった。ラテン語を語源とする「element」(元素)という言葉が、科学用語として使われるようになった。ラボアジェは、当時知られていた33種類の元素をまとめて、初めての「元素表」を作成している。そして、19世紀も半ばを過ぎた1869年に、ロシアのメンデレーエフが63種類の元素をまとめ、人類史上初となる「元素周期表」を提案した。
19世紀の末ごろ、それ以前には「自然界に安定に存在している」とされてきた元素に対する考え方が一変する瞬間が訪れた。1898年、フランスのキュリー夫妻が黒い石「ピッチブレンド」からボロニウムとラジウムを発見し、これらが自ら壊変して、別の元素に変化することが見出されたのである。この壊変の現象を探っていく中で、原子の内部構造が解明され始め、イギリスのモーズリーは1913年、「元素周期表」に物理的な意味づけを加え、メンデレーエフの提案した「元素周期性」に確固たる基盤を与えた。
20世紀を迎えると、スイスのウェルナーがメンデレーエフの「元素周期表」を改良し、「長周期型周期表」を提案した。1905年のことである。1945年には、アメリカのシーボーグがこの周期表を発展させて、それまでに発見されていたランタノイドアクチノイドに別枠を設けて配置した「拡張型元素周期表」を作成した。これが現在、私たちが日常的に用いている「元素周期表」である。
2016年にはこの「元素周期表」の第7周期までのすべての位置に元素名が刻まれることとなった。すなわち、原子番号118番までの元素が並んだ「元素周期表」が完成したのである。メンデレーエフの最初の提案から、実に150年近い歳月が流れた末のことであった。“元素探求”に対する人類の“志”の高さと執念をまざまざと感じることができる。
こうして完成を見た最新の「元素周期表」には、日本発の元素である「ニホニウム」が記載されている。「ニホニウム」は、森田浩介を中心とする理化学研究所のチームが合成発見した元素であり、わが国の国名である日本に由来する名前がつけられ、周期表上の113番目の位置に配置された。
従来は欧米の人々が中心的役割を果たしてつくられてきた周期表に、わが国はもちろん、アジアとしても初めての人工元素「ニホニウム」が掲載されたことは、日本中の人々に夢と感動を与える一大ニュースであった。

 

ところで、118種類もの元素はそれぞれ、どのようにして発見されてきたのだろうか?
人類が森や洞窟に棲み始めたころ、おそらくは偶然に、輝く金や銅などを見つけたのだろう。この驚きと感動が、やがていくつかの元素やそれらを含む鉱物を見出すきっかけとなったに違いない。
現時点の調査では、金、銀、銅、鉄、鉛、スズ、水銀、亜鉛ビスマス、炭素、硫黄、アンチモンヒ素の13元素が有史以前に発見され、使用されていたと推定されている。これらはすべて、人々の肉眼で見える形で存在していたものである。
歴史の針が進んだ17世紀に、画期的な事件が発生した。ドイツの錬金術師であり、化学者でもあったブラントが1669年、人の尿から“リン”を見つけたのである。ブラントは、人類史上初めて、肉眼では見ることのできない元素を「目に見える形」にして取り出し、示してみせたのである。実験にもとづく元素発見の、最初の事例であった。
こうしてヨーロッパでは、自然界から元素を見出すための探索が進められていく。1817年には、スウェーデンのアルフェドソンが鉱物界から初めて元素を発見し、ギリシャ語の“石”にちなんで“リチウム”と名づけた。こののち、自然界、特に鉱物界からの元素発見が相次いで報告されている。なかでも、スウェーデンのイッテルビーで見つかった重くて黒い石「ガドリン石」に9種類もの元素が隠されていた事実は、人々に驚きと感動を与える逸話となった。北欧の人々を中心とした100年を超える努力と情熱が、現代社会に欠かすことのできない希土類元素(レアアース)の存在を明らかにした。
その後、フランスのキュリー夫妻による放射性元素の発見を経て、人類はついに、人工的に元素を作り出す夢を1937年に実現した。最初の人工元素には、象徴的な名称である「テクネチウム」が与えられた。以降、現在までに29種類の人工元素が合成発見されている。

 

こうして、現代の私たちは、日常生活のあらゆるところで118種類の元素と関わりを持ちながら暮らしている。人工知能(AI)、パソコン、スマートフォン液晶テレビ地球温暖化、健康と病気、遺伝子、そして芸術や経済活動・・・、そのいずれにも元素が関わっている。しかし、それらの各元素に対する理解が十分であるとは、どうやらいえなさそうだ。
たとえば、次のような質問に、すぐに答えることができるだろうか?
「日本近海で発見されたコバルトリッチクラシトってなに?」
レアアースレアメタルはどう違うの?」
「カルシウムが不足すると骨粗鬆症になりやすいの?」
「毒のあるヒ素が本当に白血病の治療に使われているの?」
「虹色に輝くビスマスってなんなの?」
ここに挙がっているコバルト、レアアースレアメタル、カルシウム、ヒ素ビスマスとはいったい何だろう?このような疑問に気軽にお答えしようと企画されたのが、本書『元素118の新知識』である。
「元素」に関する書籍は、書店に行けばたくさん見つかる。しかし、多くの類書とは異なり、本書は、次の四つのスタンスをもって書かれている。
① 辞書的な要素を持ちながら、同時に、読み物として面白いこと。随所に具体的なエピソードをまじえ、元素の本質をいきいきと描き出している。
② 事柄を列挙するのではなく、重要なポイントをできるだけ深く掘り下げること。元素の特性や用途、生体にとっての必要性をただ並べるだけでなく、事象を挙げた理由を可能なかぎり詳しく記述している。また、元素発見の将来像までも探っている。
③ 私たち人を含め、生命と元素との関係について、できるだけ詳しく言及すること。生命に必須の元素や、いまだにその存在が謎に包まれている元素と、生命、健康、病気との関連性を記述している。意外な元素が、生命と関係をもっていることに驚かれるであろう。
④ 元素に関する数値は、可能なかぎり最新の値を採用すること。さまざまなニュースや書籍を見聞きする際に、これらの元素データが意外に重要であることを認識されるであろう。
本書に目を通していただければ、118種類の元素たちがそれぞれに個性的で、素晴らしい働きや機能をもっていることを理解されることと思う。本書をきっかけに、あらためて「元素とは何だろう?」と考えてみる機会をもっていただければ幸いである。

 

私たちは1997年、本書の前身となる『元素111の新知識』を出版した。20年の歳月が流れる間に多数の新元素が発見され、さらには、既知の元素の新しい性質や働き、用途などが見出されてきた。本書『元素118の新知識』は、前書をベースにしながらも、最新のデータを可能なかぎり取り入れ、新時代に対応できるよう改稿したものである。
各元素にはまだ未知の部分も多く、また紙幅の関係もあって、すべてを解説するにはいたっていないことも付記しておく。著者・編者の能力をはるかに超える点について、知識不足や理解不十分な点、誤解などがあれば、ご寛恕・ご指摘いただければ幸いである。
本書の作成にあたっては、巻末に掲げた参考文献をはじめ、掲載しきれなかった多数の書籍や論文を参考にさせていただいた。各執筆者の方々に、感謝申し上げる。最後に、本書の作成をお勧めいただいた講談社の倉田卓史氏に、心から感謝申し上げる。
2017年7月
編者 桜井弘