巻三十八立読抜盗句歌集

兎も片耳垂るる大暑かな(芥川龍之介)

草刈女爪の罅(ひび)まで草の色(中神萌子)

一切を拒否して毛虫焼かれけり(小池義人)

すぐそこといはれて一里豊の秋(八染藍子)

名月やうさぎのわたる諏訪の海(蕪村)

とんぼ釣り今日はどこまでいったやら(千代女)

警笛に遅れ寒夜の貨車過ぎる(日野晴光)

ぱたぱたと露店が出来て宵戎(滝尻芳博)

うららかや牛乳瓶の蓋は紙(増田植歌)

番頭で終りし父よ父の日よ(吉田かずや)

幸福だこんなに汗が出るなんて(雪我狂流)

わすれ草菜飯につまん年の暮(芭蕉)

どつと夏手足の長き女の子(武藤節子)

目借時拾ってしまう捨て台詞(細野月を)

諸説ある中のひとつの青嵐(高橋龍)

売れさうな話に縮む鮑かな(松本幸子)

一匹になりて十年大金魚(大野迦葉)

野分去り網戸にとまる蝉が啼く地中のくらしなつしむかな(喜久子)

秋風に万物の影動きけり(大関靖博)

酢の物の酢を飲み干せり鴎外忌(藤崎実)

夏バテの我が身思へば酢豚など(高澤良一)

秋鯖や指舐めてみる酢のかげん(山口幸子)

性格を日傘に拡げ妻が行く(山岡冬岳)

老人になつてしまひし裸かな(中村栄一)

遠花火火星が一つ残されし(藤嶋務)

海山に遠く暮らして花見酒(石原百合子)

シェフよりもコックの似合ふ店も春(石原百合子)

失せ物のひよいと出て来る蝶の昼(西本郁子)

醜男のごとき新馬鈴薯並びけり(亀井紀子)

再発かと怯えし夜の虎落笛(もがりぶえ)(吉田悦子)

顧問とふ盲腸のごとき役職にぶら下がりゐる夏の綿雲(森純一)

炎天やこんなところで泣かずとも(吉田有輝子)

コンテナは積木のようにクリスマス(石島うかぎ)

言ふなれば犠打と敵失走馬燈(大久保志遼)

腰太き女人先行く登山靴(大橋松枝)

新旧の引継ぎ済めり夜の桜(贄田俊之)

草取の根に強弱のいのちあり(有松洋子)

山は暮れ野は黄昏の薄かな(蕪村)

猫喋る青い花火の揚がるたび(竹内宗一郎)

死なば秋小さき墓に野の花を(西島麦南)

今日もまた叱る妻ゐて家涼し(永井良和)

秋に添て行ばや末は小松川(芭蕉)

ヤバイねの言葉列なす炎天下(無京水彦)

心臓の少し上刺す赤い羽根(萩原行博)

颱風を甘くみてゐた悔いのあり(田中節夫)

秋うらら埠頭果つれば折り返す(千田一路)

そぞろ寒自分とちがふ声の出て(林和子)

口上の巻物長し村芝居(井村和子)

鉦叩たたき損じをさとらせず(鷹羽狩行)

世に遅れたるがごとくに穴惑(鷹羽狩行)

ばらばらに逃げて分かれず稲雀(鷹羽狩行)

秋茄子やあとは上手に果つるのみ(阿知波裕子)

さびしい方さびしい方へ秋の雲(長谷川瞳)

ンで終る薬多かり敬老日(秋濱信夫)

美食より快便うれし老の秋(佐藤其土)

面接試験終へ屋上の秋高し(松田隆)

LINEにも文才の有無獺祭忌(あらゐひとし)

解決の一つに別れ花の道(曽根新五郎)

御自愛の言葉が解る古希の我(毛利美子)

点滴のモルヒネとなり夕桜(結城節子)

台風に負けて欠席届かな(宮本幸子)

家はみな杖に白髪の墓参り(芭蕉)

秋風や人なき道の草の丈(芥川龍之介)

相続人全部のはんこ秋の風(藤岡初尾)

二次会に行かずに帰る良夜かな(加門美昭)

一枚の紫蘇で変りし昼の膳(児島綸子)

次々と難癖つけてちゃんちゃんこ(宮嵜亀)

終活といふものに似て落葉掃く(仁平勝)

冬めくや道行く人の黒づくめ(^苗代碧)

「て・に・を・は」の講釈長き秋暑かな(岩岡中正)

大いなるものが過ぎ行く野分かな(高浜虚子)

住みあきし我家なからも青簾(永井荷風)

その辺を一廻りしてただ寒し(高浜虚子)

銀河系のとある酒場のヒヤシンス(橋かんせき)

今日よりは十一月の旅日記(星野立子)

欲しきものなくてさばさば老ひの秋(佐藤瑞穂)

花かぼちゃもう厄年のなき女(恩田侑布子)

秋の風乞食も我を見くらぶる(小林一茶)

窓に顔写りて刈田過ぎゆけり(岩口巳年)

If winter comes, can Spring be far behind (Shelley)シェリ

あれに効くこれに効くとふブロッコリ(大関貴子)

朝寒や今日より若い日はあらず(内藤悦子)

ひとはひとと人の言ひだす寒さかな(野上卓)

裏表顔の違うて案山子立つ(山岡冬岳)

杭の先で獲物を狙うカワセミを池のまわりのカメラが狙う(石田信二)

大年や黄泉を思えば行きたくなる(池田澄子)

句帳だけあれば枯野にある居場所(伊藤昌子)

採算の採れざるままに崩れ簗(茨木和生)

風花を美しと見て憂しと見て(星野立子)

交番のランプの赤き夜寒かな(飯干ゆかり)

置場なきものたまりゆく秋時雨(吉田哲二)

句を作るひとり遊びの秋の暮(岡本眸)

「冷たい」と言われぬためにするようで母の墓参も父の見舞も(高橋みどり)

露の世や四十分で人焼ける(縣展子)

臆病なこころがいよいよ臆病にしてゆく羊群れいて羊(阿部芳夫)

頬杖に睡魔をあつめ十二月(雨宮抱星)

ぶさたには無沙汰で返し水温む(中原道夫)

取沙汰も無事で暮れけり葛の花(凡兆)

棒立ちの案山子や金も知恵もなく(三上程子)

レースカーテン開きて火星を遠望す(綱徳女)

友見舞ふチューブの数や暮の秋(神村謙二)

尾で払ふ程の悩みや竈猫(山内健治)

外を見て障子を閉めてをはるなり(今井杏太郎)

人間の為すこと怪し神の留守(小池?)

去年今年変らぬ杖の置きどころ(谷口智行)