「11人いる!-惑星の温度 - 福江純」知恵の森文庫SFアニメの科学  から

 

 


「11人いる!-惑星の温度 - 福江純」知恵の森文庫SFアニメの科学  から

 

あんまり大きな話題は呼ばなかったが、SFアニメの名作に『11人いる!』(萩尾望都[はぎおもと]原作)という作品がある。  
原作者の萩尾望都さんは、知る人ぞ知る、女流マンガ家の第一人者で、少女コミック誌上で長年すぐれたSFマンガを発表してきている。(最近はバレエマンガに凝ってらっしゃるのが少し残念だけど・・・・・)。『ポーの一族』などと並ぶ萩尾さんの代表作の一つが、このサスペンス仕立ての名作SFマンガ『11人いる!』なのだ。
この作品は、ぼくにとっても思い出深い作品である。かつて大学生をやっていたときに、下宿の近くの小さな本屋さんでフト手にとったのが、小学舘から出ていた文庫版の『11人いる!』だった。何気なしにパラパラめくってみたら、もう面白くって止まらない。本屋のおじさんの目を盗みながら、3日くらい通い続けて読み通してしまった(学生の頃は結構ピーピーしてたから、よく立ち読みしていたのよね)。で、挙げ句の果てには、こんな面白いマンガはやっぱり手元に置いとかなければアカンと思って、何のことはない、結局、買ってしまったという、何やってんだろうという感じだが、ま、その後、萩尾作品にのめりこむきっかけになった作品である。
ざっと以下のようなストーリーである(アニメ版による)。
ワープ航法の発見により地球人類が宇宙へ進出して数世紀。異星人とのコンタクトもあり、多くの惑星国家が星間連盟を結び、宇宙共存の時代に入った。辺境の惑星からやってきた若者タダトス・レーンは、120年前に新しい時代を担う優秀な人材を育成するため、星間連盟によって創設された宇宙最高の教育機関-コスモアカデミー-への入学試験に臨んでいた。
数々の難関を突破して最後に課せられた最終試験。最終テストは、10人一組で53日間、さまざまなテストポイントで共同生活をするという実技試験だった。非常事態になればスクランブルボタンを押して助けを求めることができるが、その場合は、全員不合格になるという、非常に厳しい試験である。
タダやヒロイン(?)のフロルたち“10人”の組が置かれたテストポイントは、黒い星の周回軌道をまわっている遺棄された宇宙船エシペランサ号だった。
シャトルから宇宙船の気密室(エアロック)に乗り移る受験者たち。「11人いるぞ!」と、1人多いのに気づく。最初から非常事態(スクランブル)である。誰が11人目なんだ。
そして突如起こる爆発。宇宙船の船内には多数の爆弾が仕掛けられていたのだ。とりあえず全員が協力して爆弾物の回路を解除したのも束の間、つぎつぎと危機が見舞う。回路事故、野生化してはびこる〈伝導ヅタ〉。みんなの間に募る不信感。高まる緊張感。11人目は誰だ!
やがて、宇宙船の軌道がずれていることがわかる。すなわち最初に起こった爆発によって、黒い星の周囲を回っていた宇宙船の軌道がずれ、黒い星と連星になっている青い星へ向かってしまったのだ。困ったことに宇宙船の放熱回路(ラジエータ)が壊れていて放熱がうまくできず、外部の熱の58%が船内に放出されて、徐々に船内の温度が上がり始める。ここにいたり、問題は重大な局面を迎える。船内が暑くなるだけならまだしも、船内温度が40度を超えると、鉱物性植物の“伝導ヅタ”に致死性病原体であるデル赤斑病のウイルスが発生するのだ。
タダの奇策によって宇宙船の軌道を青い星から引き離すことに成功し、船内温度は下がりはじめるが、ときすでに遅し、テスト終了期限を目前にして、フロルが発病してしまう。スクランブルボタンは押されるのか?タダと宇宙船の関係は?フロルは男か女か?そして11人目の正体は?
いやいや、最後までハラハラしどおりである。
アニメは、ヒロイン・フロルの目が少し大きすぎるのと、声がちょっとそぐわないのが気になるが、原作の雰囲気をよく生かし、全体としては綺麗に仕上がっている。
さてこの『11人いる!』では、宇宙船の軌道がずれて青い星に近づき、船内温度が上昇するのが、一つの危機を招来するきっかけになっているが、この問題、少し考えてみたい。

 

 

宇宙船の船外温度

高校ぐらいで習うことだと思うが、熱エネルギーなどの輸送の形態には、「伝導」、「対流」、「放射」と呼ばれる3つの方法がある。ガスコンロでフライパンを熱したり、冬にホッカイロで暖まるのは熱伝導だし、お風呂を沸かしたりエアコンは主に水空気の中で起こる対流を利用している。さらにストーブに手をかざしたり、夏の日差しが暑いのは、放射によってエネルギーが運ばれているからだ。太陽のまわりの惑星や宇宙船など空気のない宇宙空間に置かれた物体の温度を決めるのも、最後の放射によるエネルギー輸送である。
すなわち太陽の表面からは可視光線を中心として絶えず光-電磁波-が放射されているが、この光エネルギーの流れが、地球や宇宙船の表面に届くと、一部は反射されるものの一部は吸収され、地球や宇宙船の表面を暖める。一方、暖められた地球や宇宙船の表面からは、いわゆる熱放射による放熱が起こるだろう。すなわち暖められた物体からは、可視光線より波長が長いので目には見えないが、波長数ミクロンないし数十ミクロンの赤外線が放射されており、この赤外線が熱エネルギーを持ち去るために、物体は冷えていく。こうして太陽放射の吸収による加熱と熱放射による放熱(冷却)が釣り合った状態で、地球や宇宙船の表面の温度が決まるのである。
地球や宇宙船の表面温度は、熱放射に関する基本的な法則から、わりと簡単に導くことができる。それによると、宇宙空間に置かれた物体の表面温度は、太陽の表面温度に比例し、太陽の半径と太陽から物体までの距離の比の平方根に比例する。導き方は、一応コラムにまとめておいたので、式に興味のある人は、ちょっとのぞいてみて欲しい。コラムで導いてあるのは、宇宙空間に置かれた物体が地球のような単純な球状の場合だが、宇宙船のような複雑な物体でも大体の目安にはなる。
このコラムで求めた式を使って、具体的に太陽系内の惑星の表面温度を求めてみると、表1のようになる。これによると、地球の表面温度は、絶対温度で289度、すなわち摂氏16度となるが、なかなかいい値がでている。また水星や火星のように、大気のほとんどない固体でできた惑星の場合も、表1の数値はかなりいい値が出ていると思われる。一方、実際の惑星の表面温度が、表1の値とずいぶん違っている場合もある。たとえば金星ではいわゆる温室効果といわれるものが起こっている。すなわち入射してきた太陽光によって暖められた金星の地表は、赤外線を放射して冷えるわけだが、金星の大気中の分子、とくに水蒸気によってこの赤外線が一部吸収され、熱が逃げにくい。水蒸気が温室におけるガラスの役目をしているのである。この温室効果のため、金星を取り巻く厚い雲の下は、摂氏500度にもなる焦熱地獄になっているのだ。また地球でも、大気圏や海洋が存在しているために、熱の出入りは実はかなり複雑である。金星のような温室効果もある(地球の場合は、主に二酸化炭素がガラスの役目をしている)。また木星土星などの巨大ガス惑星も、表1をみると結構いい値が出ているように見えるが、本当はかなりややこしい。
ではつぎに、今回の『11人いる!』の場合に対して、以上の結果を当てはめてみよう。『11人いる!』では、エシペランサ号のラジエータ回路が故障していたため、外部の熱の58%が船内に放出されていたわけだが、ま、ここは簡略のために、100%船内に放出されたとしよう。すなわち、船外温度と船内温度が等しいとする。
さらに宇宙船の軌道がずれたために、“青い星”に近づいて、船内温度が上昇するわけだが、かりに、最初の温度が摂氏20度(絶対温度で293度)とし、最高で摂氏40度(絶対温度で313度)まで上がったとしよう(アニメでは摂氏41度まで上がった)。
宇宙船の温度に関して以上のような状況を設定すると、そのことから、“青い星”の正体に対して、実に興味深い事実が判明したのである。以下、順を追って説明する。

 

 

青い星の正体

 

まず宇宙船を照らす熱源として、青い“星”と呼んでいたので、最初は何の疑問も持たずに、太陽のような普通の星、いわゆる主系列星だと思った。そして“青い”ということから、しし座α星のレグルスのような、表面温度の高いB型の主系列星を想定してみた。
B型主系列星の半径は太陽の約8倍で、表面温度は絶対温度で約2万9000度である。コラムで導いた式を使えば、これらの値と船内温度の値から、宇宙船と“青い星”との距離を見積もることができる。結果は、船内温度が摂氏20度のときに星からの距離が約180天文単位で、船内温度が摂氏40度になったときの距離が約160天文単位となった。(1天文単位は太陽と地球の平均距離である)。ここで少し首をかしげた。これはちょっとおかしいのではないか。軌道がずれただけで、別に推進駆動していたわけでもないのに、たった数十日で20天文単位も移動するわけがない。
どこに問題があるのだろう?
で、つぎに、実は“青い”星というのは、原作者かアニメをつくった人の勘違いで、本当は“赤い”星だったのではないか、と考えてみた(ちょっと強引に)。
そこで、“赤い”星として、太陽から6光年の距離にあるバーナード星のような、表面温度の低いM型主系列星を想定してみた。
M型主系列星の半径は太陽の約0・6倍で、表面温度は絶対温度で約3900度である。これらから宇宙船と星との距離を見積ると、船内温度が摂氏20度のとき約0・25天文単位で、船内温度が摂氏40度になったとき約0・22天文単位となった。その間の移動は、約0・03天文単位(約450万km)。まあ、これなら、そんなにおかしな数値ではないだろう。
しかし、しかしだ。“青”と“赤”を間違えるようなことがあるだろうか?
もう一度考えた。うーん?ひょっとしたら“青い”にばかり目がいって、“星”という言葉をおろそかにしていたのではあるまいか。星というから、てっきり主系列星と思っていたが、もしかしたら、普通の星ではなく、何か特別な種類の星-たとえば白色矮星だったのではあるまいか?
主系列星の中心では水素やヘリウムが他の重元素に変換する核融合反応が起こっている(「3 風のナウシカ」参照)。核融合反応は温度に敏感で、温度が高いとどんどん進行して重元素ができていくが、太陽ぐらいの質量の星では、中心の温度があまり上がらないので、元素の変換はヘリウムか炭素や酸素ぐらいまででストップする。核融合反応の火が消えてしまうと、中心の熱源がなくなるので星は冷えて、その結果、収縮し、非常に密度の高い“星”ができる。それが白色矮星である。 
白色矮星の半径は地球ぐらいしかないが、質量は太陽とあまり変わらないので、その密度は、1立法cmで数トンにもなる(ちなみに太陽は、質量も大きいが体積も大きいために、平均密度は水の密度と同じくらいである)。しかも典型的な白色矮星の表面温度は、絶対温度で1万度くらいなので、確かに“青い”。
よし、“青い星”として、白色矮星の場合を考えてみよう。典型的な値として、半径を6000km、表面温度を1万度とした。それらの値を用いると、宇宙船と“青い星”との距離は、船内温度が摂氏20度のとき、約0・0233天文単位、船内温度が摂氏40度になったとき、約0・0204天文単位となったのだ。その差、0・0029天文単位(44万km)。問題なさそうだ。
エスペランサ号の危機をもたらした“青い星”の正体は、白色矮星だったのである。