「効く効く発酵食品(その一) - 小泉武夫」新潮社 絶倫食 から

 

「効く効く発酵食品(その一) - 小泉武夫」新潮社 絶倫食 から

 

人類が、知恵の結晶のひとつとしてつくり上げてきた「発酵食品」は、食の文化の中でもひときわ奇才ぶりを発揮し、神秘な世界を伝えている食べものであります。目に見えない微細な生きもの・微生物の働きを借りて、香[かぐわ]しく、そして美味で、その上、保存を効かせ、さらに滋養成分を内蔵した食べものをつくるのですから、やっぱり人間の知恵は底知れません。納豆、酢、チーズ、ヨーグルト、味噌、醤油、パン、くさや、熟鮓[なれずし]、味醂、鰹節、日本酒や焼酎、ワイン、ウイスキー、ブランデーなどの酒類等々、とにかく発酵食品は枚挙にいとまがなく、それぞれが私たちの食生活を支えたり豊かにしてくれているのであります。もし、これらの発酵食品がなかったら、何と味けない食卓となっていたことか。
その発酵食品には、とりわけ滋養成分が多いことが共通していますが、それはなぜかと申しますと、発酵微生物は増殖する(仲間を増やしていく)とき、新たに生まれてきた子供微生物が元気でどんどん成長するようにと、大量のビタミン類やアミノ酸類、ペプチド類、核酸類などをつくって、そこに蓄積していくからです。例えば、茹でたままの大豆と、それに納豆菌を繁殖させた納豆を比較してみますと、アミノ酸類やビタミン類は優に一〇~二〇倍以上も増えています。

また、納豆菌は、原料の大豆のタンパク質を分解して、多種多様のペプチドをつくりますが、その中には肝臓を強化させるものや、活力源となるものなど、多くの保健的機能性を持った生理活性ペプチドが含まれていることが医学的にもわかっているのであります。
ですから、発酵食品にはまだ知られていないさまざまな生体活性維持物質が含まれている、と見られています。そのため昔から、体力が落ちたり、病気で床に伏した人たちにも、元気回復、精力増強のために発酵食品を食べさせていました。今日でも、和歌山県新宮市にある「東宝茶屋」という料理店には、秋刀魚の熟鮓三〇年ものがあって、それを薬壺に入れて売ってくれます。三〇年もの間、秋刀魚と飯とがひとつになって発酵し、ヨーグルトに酷似したドロドロの性状と酸っぱ味とうま味を持っています。
一九九四年には、滋賀県琵琶湖の北にある余呉[よご]湖に面したところに財団法人・日本発酵機構余呉研究所が設立され、吾が輩はそこに六年ほど、研究所長として大学からの出向で赴任していたことがあります。そのとき、「環琵琶湖文化論実習」(滋賀県立大学)で、ある調査を行いました。それは、琵琶湖の周辺に住んでいる四〇歳以上の人たちに「発酵食品の鮒鮓(琵琶湖の名産品)を食べると、どのような保健的機能があると昔の人から教えられたか。また実際、どんな効果を体験したか」を聞くアンケート調査でした。
その集計結果を、効果の多かった順に並べてみますと、①母乳の出がよくなった、②産後の肥立ちがよくなった、③子供がなかなか授からなかったが、鮒鮓を主人が毎日のように食べて事に臨んだら子供が授けられた、④風邪が治った、⑤下痢が止った、⑥便秘が治った、⑦鮒鮓を塗ったら瘡[そう](できもね)が治った、⑧胃腸の調子が良くなった、⑨冷え症が消えた、⑩疲労がとれた、などの回答がありました。特にこのベストテンの中で①~③は、いずれも夫婦関係にもとつくことであるますから鮒鮓は偉い。
とりわけ③に注目しなければなりません。鮒鮓を分析してみますと、アルギニンというアミノ酸が多量に検出されますが、このアミノ酸精子を構成するのにその骨格となる最も大切なもので、男性体内での造精工程では原料的な物質なのであります。つまり、発酵食品の底力がこんなところでも現われていたというわけです。