(巻二十三)人生は一度でいいよ松の芯(河黄人)

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忘年会予定会場


(巻二十三)人生は一度でいいよ松の芯(河黄人)

10月17日木曜日

大好きな句です。そしてこの句と同じように共感している随筆に

『 「死ぬのによい日だ - 丸元康生」文春文庫 09年版ベスト・エッセイ集』

があります。すでにご紹介した作品ですが改めてご紹介いたします。

《父、淑生は、一昨年の十一月、東京広尾の総合病院でがんの宣告を受けました。
食道がんです。その中でも小細胞がんという珍しいタイプです」
「......それは、どんながんなのですか?」
「ちょっと嫌な顔をしているがんで、進行のスピードがとても早いのです。おそらくもって半年だと思います」
突然の、あまりにサラリとした余命半年の宣告でした。
診察室を出た父と母と私は、同じフロアにあるロビーのソファに腰を下ろしました。
父の様子は、ふだんと何も変わりませんでした。
「まだ半年あるじゃないか。みんなで楽しく過ごそうよ」
自然で、あたたかく、力強い父の声でした。
治療に関して、父の方針は明快でした。生活の質を下げて、仕事ができなくなるような治療はやらない、ということです。
父は、ベストセラーになった『丸元淑生のシステム料理学』をはじめ多くの著作をのこしましたが、八十九年に発表した「今日は死ぬのにとてもよい日だ」(後出『地方色』所収)というエッセイでは、次のように書いています。

私は「スーパーヘルス」という本も書いているし、栄養学に基いた料理書も何冊か出している。それで生計を得ているのだから、食事に対してはおそらく人並み以上の注意を払っている。どういう食事が健全なものであって、いかにすればそれを毎日とることができるか、といった事柄を追求している立場にすれば食事に気を配るのは当り前だが、それで長生きをしようとは思っていない。命を粗末にしてはならないと思っているだけだ。

父のこの姿勢は、最後までぶれることはありませんでした。自分に残された時間の中で、最善の仕事をする。そのために、いつでも一番よい食事をとろうとしていました。
若い頃からずっとそうでしたが、毎日をアクティブに過ごしました。本来なら入院して安静に過ごすべき状態の時でも、通院して放射線治療を受け、すぐに仕事にでかけ、夜遅くまで帰らなかったりしました。「少し休んで」という家族の声にも耳を貸しませんでした。
からだが動くかぎり、休まず、精力的に活動し続けました。
「今日は死ぬのにとてもよい日だ」は、死を間近にしたインデアンの詩を紹介したあと、次のように締めくくられています。

こういう死は病院では迎えられない。笑い声にあふれたわが家で、老人はいま死と対面しているのだが、心にあるのは美しいもの、内なる歌声、そして生命への慈しみである。それは星の降る大地の上でしか、見ることも聞くことも感じることもできないものかもしれないが、誰しも天寿を全うしたときには、これに似た幸福感が得られるのではなかろうか。
死とはまさに生涯をかけての達成なのである。

今年に入ってからは、日に日に体力が衰え、自宅で寝たきりになりました。声もかすれ果ててしまいましたが、母が質問すると、答えてくれました。
「好きな食べ物は?三つあげるとしたら?」
大根おろし、ナスのヌカ漬け、唐人干」
「じゃ、旅先で食べて一番好きだったものは?」
「スペインの電車の中で食べた生ハムのサンドイッチだね。生涯で一番おいしいと思った」
「天国に行ったら、神様に何て言われたい?」
「......『歓迎しますよ』」
「この次、生まれ変わるとしたら、何になりたい?何をしたい?」
「生まれ変わりたくない。パパは疲れたよ。もう休みたい」
亡くなる数日前、父は家にいた母と妹を呼び寄せ、「ぼくは、もう話ができなくなるなるかもしれないから、今のうちに話しておくね」と感謝の言葉を伝え始めました。母は、家族がみな大好きだった父のエッセイ集『地方色』(文藝春秋)の中から「ベゴニア」「欅を見れば」、「十七歳」を朗読して聞かせました。
「パパのオリジナルの表現だよね」
「素晴らしいね!」
父は涙を流していたそうです。
私には、父の心の内は分かりません。幸福な一生だったかどうかも分かりません。でも、最後にとてもよい日を持てたのだなぁと、嬉しく思っています。
三月六日の朝、父は静かに息をひきとりました。》

死を迎えるにあたり、はっきりした意識のなかで人生は一度でいいと明確に申されていらっしゃる。
あたしゃどうせジタバタするでしょうが、理想的にはこうありたい!

成人女性噺:

成人女性の同級生に大変な犬好きがいるらしい。愛玩犬ではない所謂駄犬を家族同様に可愛がっている愛犬家らしい。先年、長年同居した家族犬が他界し淋しい思いをしていたが、気持ちも落ち着き新しい家族犬を迎えることにしたという。
そこで、愛護団体に相談したようだが、飼い主の年齢制限があり譲って貰えない。買えば済むことであろうが、そういう犬は好きではない。
やっとある施設が飼い主の年齢制限なく見合いをさせてくれることが判り、長駆ドライブして見合いに行ったという。
そして、家族として連れ帰った犬は犬齢10才のメス犬だそうだ。
犬の余命が飼い主を超えないように考えたのだろう。
捨てられた10才の犬はやはりややかたくななところがあるそうだが、少しずつ絆ができてきていると話していたそうだ。

お酒とっくり・おちょこ

あたしにゃ週末なので帰途一杯いたした。
そこへ熊ちゃんから電話が入り船の忘年会が12月14日土曜日だと通告がありました。皆さんが無事でいらっしゃること、誠におめでたいこと存じますよ。
そして一年は早い!

ヘッドホン

シャーロック・ホームズが今いたら鑑識科員として働けるかというテーマの大衆科学トーク番組と格闘しています。
鑑識の専門家、記憶術の達人がゲストであります。
ネイティブが冗談を交えて自然体で話をするのでそもそも稽古代としては手強すぎるのですが、一生懸命組ついていますよ。

deface = 有効性を弱める、名声などを汚す、
immediacy =直接性、