(巻二十三)立読抜盗句歌集

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(巻二十三)立読抜盗句歌集

(巻二十三)
山開き登る予定はないけれど(中島信也)
酒場には紙の桜の弥生かな(吉屋信子)
心太強気弱気を繰り返し(前田久栄)
明快な一語が欲しく西瓜切る(柳沢一彌)
薄き日の重なるところ冬菫(高渕秀嘉)
雪の日やふるさとの人のぶあしらい(小林一茶)
ちらつく死さへぎる秋の山河かな(福田甲子雄)
下町の閉店通り黄砂降る(鶴賀水)
デパートの作り滝して休憩所(山田和子)
目覚め癖つきたる夜半をおけら鳴く(添野光子)
胡瓜もむエプロン白き妻の幸(西島麦南)
いそぐ蟻なまける蟻とすれちがふ(吉田未灰)
人の字の百態この世露けしや(門馬貴美子)
「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク(川崎展宏)
負け癖のつきたる独楽を休めけり(安田晃子)
正客に夫を頼みて風炉茶かな(石口りんご)
春立つや一生涯の女運(加藤郁乎)
十二月山手線の安堵感(田中いすず)
林檎投ぐ男の中の少年へ(正木ゆう子)
韮汁や体臭を売る私小説(花田春兆)
スポーツの楽しきニュース春立ぬ(唐津春城)
時代劇橋のたもとに柳あり(山本敦子)
投函の後の迷ひや山笑ふ(鳥羽青珠)
しゃがむとき女やさしき冬菫(上田五千石)
身の始末念頭にして霧を吹く(土屋秀夫)
飼い馴らす携帯電話露の夜(鈴木明)
魂の破片ばかりや秋の雲(森村誠一)
東京の我が敗北の市街地図(斎藤冬海)
地玉子のぶつかけご飯朝の冬(笠政人)
人間はぞろぞろ歩く浮寝鳥(田丸千種)
放蕩の果てかと思う散落葉(岩井嘉津子)
散るさくら行き過ぎてから考える(加藤英一)
シナリオの脱線つづく老いの春(丹後日出男)
連添うて宝なりけり秋扇(加藤郁乎)
口癖は太く短くビール干す(後藤栖子)
蒲団着てねたるすがたや東山(服部嵐雪)
庭先の梅を拝見しつつ行く(松井秋尚)
秋風やうけ心よき旅衣(平賀源内)
チューリップ明るい馬鹿がなぜ悪い(ねじめ正一)
飼猫の野性を誘ふ雀の子(岡村一道)
凩や馬に物云ふ戻り道(二葉亭四迷)
侘びを知れ寂を知れよと古茶の云ふ(相生垣瓜人)
本物は世に出たがらず寒の鰤(加藤郁乎)
湯豆腐を中にふたつの余生かな(辻川時夫)
貸金庫カードにかはる文化の日(関野寿子)
さむざむと老人が行く無理もなし(菅原けい)
餅も酒も皆新米の手柄かな(井上井月)
警官と目の合ふ怖さ年の暮(吉田かずや)
福引に得し石鹸の福の泡(柏原眠雨)
かつ丼の蓋の雫や春浅き(小川軽舟)
独り居や引けば離るる毛糸玉(今村正人)
住みにくき世は変はらじや漱石忌(辻雅宏)
新宿の土に戻れぬ枯葉かな(金子文衛)
乗換への駅にて喰へり晦日蕎麦(山本啓介)
歩かねば芭蕉になれず木下闇(吉田未灰)
老いの句を詠みて老いけり寒椿(寺田篤弘)
満開も散るも又よし桜花(藤生理可)
月入るや人を探しに行くやうに(森賀まり)
黙礼のあとの黙殺白扇子(鷹羽狩行)
しあはせは小ぶりでよろし熊手市(市川稲舟)
傘買ってすぐに無くして十二月(神野志季三江)
にんげんにあまたの部品黄落期(久塚謙一)
出欠を考へ考へ梅を漬け(宇多喜代子)
夫となる人に編みをる毛糸かな(長沼典子)
閉店の貼紙三行走り梅雨(川崎益太郎)
返事だけ素直に返し松の内(添野光子)
花閉づる力の失せてチューリップ(曽我鈴子)
唇あけて聖金曜の収税吏(長谷川双魚)
金魚ならまだ飼えそうな持ち時間(高橋悦子)
蜆売り少し話して少し買ひ(遠藤善蔵)
転んでもいいではないか秋の天(松浦力)
アポなしに死神が来る茶の間かな(前田弘)
明易しねむる力の衰へて(鈴木基之)
すさまじや女の目鑑(めがね)年のくれ(信徳)
人生は一度でいいよ松の芯(河黄人)
秋風や眼中のもの皆俳句(高浜虚子)
明らかに一語の力きりぎりす(辻田克己)
聞きたくも無きこと聞え耳袋(加古宗也)
黄沙降る街に無影の詐欺師たち(馬場駿吉)
一駅が今日の旅なり鳥雲に(荻野美佐子)
でで虫や一度は巴里の灯を見たし(佐藤幸子)
冬薔薇や賞与劣りし一詩人(草間時彦)
名月や江戸にいくつの潮見坂(吉岡桂六)
誰の手にありし古書なる梅雨深し(有馬朗人)
上汐の千住を越ゆる千鳥かな(正岡子規)
月光を生み出す闇の力かな(山崎十生)
老醜をさらせるわれも少しだけ翁さぶるか木枯の日は(前登志夫)
向かうから見ればこちらも春霞(あらいひとし)
囀やどんな鳥かとみな仰ぎ(深見けんじ)
前略と激しく雪の降りはじむ(崇文彦)
終の身を火に置くことを夢はじめ(橋本栄治)
無惨なら枯向日葵に劣らざる(中原道夫)
向日葵の向き決められし憫かな(大西静城)
冷奴回りの早き昼の酒(川久保野人)
嫌われることを力に蛇生きる(城内明子)
傘にふり下駄に消けり春の雪(横井也有)
ばさばさと股間につかふ扇かな(丸谷才一)
行く秋や軽きもの買ふ旅土産(淡路女)
クローバーに置く制服の上着かな(村上鞆彦)
日曜はすぐ昼となる豆の飯(角光男)
ペン先をのぼる睡魔や鳥曇(山元志津香)
農に生れ長じて小吏秋袷(猿橋統流子)
この先は隠岐あるのみぞ鳥帰る(中村襄介)
行く先は行き着くところ春の雪(小山内豊彦)