(巻二十四)旅人と我名よばれん初しぐれ(芭蕉)

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12月6日金曜日

成人女性の朝のニュースは神奈川県のデータ流出と三菱銀行の口座管理費の話でございました。
「インフレが怖いけれども湿りすぎも不安よね」という老夫婦として至極当然のコメントになりました。
あたしとしては世捨て人になりたいのですが、何だかんだとニュースという悪い話を注ぎ込んで呉れます。

事無しに生きむと願ふここにさえ
世の人言はなほも追ひ来る(川田順)

本日は冬日で曇りでしたが、明日は霙だというのでマフラーに手袋の完全装備で散歩に出かけました。
止めておけばよいものを、図書館でNYTをチェックしました。そんなものを見れば一層心が重くなります。コピーしてコチコチしたくなるような記事はなしです。

ポケットに手を入れ冬を確むる(鈴木すすむ)

駅前まで歩く陽気ではなく、手近なスーパーに向かいました。今日、外に出なくてはならなかったのは寝酒が底を突きそうだったからです。あと、三日分くらいしか残っておりませんので天候によって外出できなくなれば“山”になってしまいます。
あたしゃサントリーの白が好きなのでそれをお湯割りで寝酒に飲んでおります。
未成年の頃は専らサントリーレッドばかりを研修所の寄宿舎で同期と呑んでいましたが、研修前期の修了のときに「最後の酒盛りだからおごって“白”にしようぜ」ということになり、初めて“白”を飲んだ。歴然として美味かった。
今やサントリーの白の方がWhite Horseより高いのですなあ。

著者と酌む読後のホットウイスキー (潤)

本

「私の落語鑑賞 - 江國滋旺文社文庫 落語美学

を読みました。
導入部ですのでさらっと書いていらっしゃいます。

《 先日慶応の落研会員の一人に会って「君たち落研の人は.....」といったら「ラッケンというのは素人で、ぼくたちはオチ研と呼んでいるんです」と教えられた。
ラッ研かオチ研か知らぬが、ぼくはかねてから大学の落語研究会なる存在自体に疑問を感じている。一と口に「落語研究」といい「落語鑑賞」という。だが、そもそも落語というものは研究だの鑑賞だのと開きなおって聴くべきものだろうか。気随気儘にふらりと聴いて、アハハと笑いのめす、それでいいのではないか。だから、研究会などと肩ヒジははらずに、すなおに「落語愛好会」ぐらいにしておけばいいのに、と思ったりする。》

しかし、江國氏となると、

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒(江國滋)

ほかの闘病の句を想います。確か、胃癌で苦しまれての末期と聞いております。
やはり、癌はわが恩師・尊敬する先輩のように肝臓でお願いいたしたい。