「交渉 - 浅生鴨」ベスト・エッセイ2015 から

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「交渉 - 浅生鴨」ベスト・エッセイ2015 から

祖母が亡くなったのは、もうずいぶんと昔のことだ。東京から交通機関を乗り継いで、およそ五時間。久しぶりに帰った実家の居間には、小さな木造りの祭壇が置かれ、白い花がいっぱいに飾られていた。シンプルで祖母っぽいなと俺は思った。こんなことでもないと、俺は実家に帰らない。そして、もっと頻繁に帰っていればと、いつも後悔するのだ。
「もう、大変だったのよ」と台所で母が言った。どうやら、ここに至るまでに、葬儀社と祖父との間で相当なやりとりがあったらしい。
祖父はケチな人だった。ものごとに対する姿勢や目的がはっきりしていて、それは大正生まれの機械エンジニアらしい合理性だったのかも知れないが、周囲からは、やっぱりただのケチな人にしか見えていなかった。
そもそも病院から家へ祖母を連れて帰るのに、祖父は「霊柩車なんかアホらしい。営業用のバンがあるから、自分で運ぶ」と交渉したらしい。
葬儀社の人から「何かあってはいけませんから」と説得され、祖父は「だったら、いちばん安い車を」と指定した。
祭壇は要らない、花も要らない、と祖父は言い切った。棺も適当な入れ物があれば段ボールでも何でもいいと言い出して周囲を慌てさせた。
母が「せめて花だけは」と、なんとか祖父をなだめすかし、いちおう小さな祭壇と花が置かれた。俺が帰ったのは、ちょうどそういった一連のやりとりが終わった後だった。
「本当にひどい」と母は言った。「ケチなのは知っているけれど、何もあそこまでしなくても」と怒っていた。
葬式は家族だけの本当に質素なものだった。お坊さんとは面識はなかったが、俺と同じ高校の先輩だとわかって、もう完全に身内だけが集まっているような気分になった。
葬式の準備を進めている間も、祖父は金がかかるとブツブツ言い続けていて、それは俺たちが出すと言っても「そういうことやない」と言う。「死んだ者に金を出す必要なんかあらへんのや」
故人の死を悼むのは、実は生きている者を慰めるための行為なのだと割り切れば、祖父の言いぶんもわからないでもない。でも、何十年も連れ添った祖母に対して、最後にそういうことが言える祖父のことを、俺はよく理解できなかった。
「ちょっと」と母に呼ばれた。「お爺さんに、お布施はいくらだって聞かれたのよ」俺だって葬儀に参列したことはあるが、身内の葬儀を出すのは初めてだからわからない。
「いくらくらい包むものかしらね」そういうことこそ葬儀社の人に聞けばいいんじゃないのか。
ふと居間を見ると、祖父がお坊さんに近づいていた。あ、まさか。
「なあ、お布施はなんぼ払わないかんの?」いやいやちょっと待ってよ。そういうのはこっちで相場を考えて包むものだからさ。そのために葬儀社の人だっているんだから。
お坊さんは少し困った顔をして「それはもう、皆様のお気持ち次第ですから」と言う。うん、そりゃそうだよ。他に答えようがないだろう。
「あのですね」祖父はお坊さんを見た。「お経、半分でいいですわ」待て待て待て、なんだその交渉は。ケチにもほどがあるだろ。お経を半分って、そんなの聞いたことないぞ。「そうですか」お坊さんは静かに首をかしげてから答えた。「お経というものはですね、最初から最後までお唱えをして、初めて意味を持つものですから、半分というわけにはいかないのですよ」
「そしたらですね」祖父はまだ諦めていなかった。「小さな声で頼みますわ。できるだけ小さい声で」俺はひっくり返りそうになった。コントかよ。声の大きさでお布施の金額が変わると思っているのか爺さんは。もう何を言っているのかわからない。勘弁してくれ。「すみません、すみません」俺たちは祖父をお坊さんから無理やり引き離した。「今のは聞かなかったことにしてください」
「いえいえ」お坊さんは冷静な態度を崩さない。
こうして、ようやく読経が始まった。お坊さんの声は一定のリズムを刻みながら、大きくなったり小さくなったりしている。ときどき読経の声がふっと静かに止まり、ほんの少しだけ沈黙があって、再び読経が始まる。
声の大きさが変わったり、読経が途切れたりするたびに、俺はさっきの祖父の得体の知れない交渉を思い出して、ついニヤニヤしてしまう。どうやらみんなも同じことを考えていたらしく、ときどき肩を震わせている。ああ、もう我慢できないや。俺は居間を出た。あははははは。そのまましばらく廊下にいると、みんなも次々に廊下へ出て来て大笑いを始めた。笑ってすっきりしたので居間へ戻るものの、やっぱりまだ笑いを抑えられなくなる。結局、最後まで誰かがずっと笑いっぱなしの葬式になった。
「こういう身内だけのお式、とてもいいですね」葬儀の終わったあと、お坊さんは言った。
「本当にいろいろと失礼をいたしました」
「いえいえ、なかなか斬新なお爺さまですね」
「お恥ずかしい限りです」
「ご参列された方が、皆さんお笑いになる。こんな楽しい式はなかなかありませんよ」
確かにそんな葬式に俺は出たことがなかった。まあ、祖父はそんなことを考えて交渉したわけじゃないのだろうけれども。祭壇に飾られた写真の中では、祖母が笑っていた。あの祖父に何十年も連れ添った祖母は、やっぱり只者じゃなかったんだろうな、と俺は思った。