巻二十七立読抜盗句歌集

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巻二十七立読抜盗句歌集

古き家の柱の色や秋の風(三島由紀夫)

油揚げ一枚だけであとは秘儀(木村聡雄)

一振りのセンターフライ夏終る(八木忠栄)

葡萄熟れ火種のような婆がいる(下山光子)

戦死せり三十二枚の歯をそろへ(藤木清子)

いちにち物いはず波音(種田山頭火)

卓に組む十指もの言ふ夜の秋(岡本眸)

肉マンを転んでつぶす二月かな(井川博年)

ゆく夏の腰の辺りに塗薬(鳴戸奈菜)

世渡りが下手とのうわさきりぎりす(山本直一)

面倒なことと相成るおでんかな(中村わさび)

恋文の起承転転さくらんぼ(池田澄子)

恵方から方向音痴の妻が来る(斉田仁)

福達磨値切り倒して大手締(定方英作)

地球儀のいささか自転春の地震(原子公平)

秋暑し今も句作に指を折り(松井秋尚)

日時計に影できている月夜かな(鹿又英一)

立ちさうでたたぬ茶箱さくら餅(丸井巴水)

春の日や踊おのづの身のこなし(久保田万太郎)

寒夜この人とこうしてここに居て(杉浦圭祐)

意にかなう酒のありけり春の雨(宇多喜代子)

ごくまれに闘志湧きくる雲の峰(桂木遙)

ITの今浦島や春寒し(藤岡尚子)

どのテレビつけても同じ秋茄子(山口木浦木)

装はれ老馬高ぶる秋祭(富田直治)

水着選ぶいつしか彼の眼となって(黛まどか)

新宿は垂直の街初燕(堀部節子)

どちらかと言へば麦茶の有難く(稲畑汀子)

不忍や水鳥の夢夜の三味(河東碧梧桐)

五七五の旅に出ようか風天忌(西をさむ)

夕立は来ぬと見切りて水を遣る(桑島正樹)

ともづなの張りては弛み初嵐(松本光生)

くらがりを好みていたり花疲れ(高倉和子)

紐ゆるみ届く小包走り梅雨(川村紫陽)

言ひ過ぎしあとの寡黙や蝿を打つ(東洸陽)

垂れ込めて腹くだしたる我鬼忌かな(石田波郷)

気休めに貼る湿布薬いわし雲(ひさきひでこ)

忘れ居し金一両や暮の春(菅原師竹)

歯科に口あけたるままの窓に花(久田草木)

罪の香と罰の色なり紅薔薇(物江里人)

不器用に林檎剥きいて世を憂ふ(大牧広)

抵抗を感ずる熱さ煖炉あり(後藤夜半)

あきかぜのなかの周回おくれかな(しなだしん)

つつがなく目鼻耳口文化の日(隈元拓夫)

日本が壊れる不安春夕焼(藤井賢太郎)

柿一つ乗せ伝言の走り書(川村紫陽)

麗や女々を顧る(青木月斗)

煮凝や余生のかたち定まらず(川崎益太郎)

子盗ろ芹盗ろそぼそぼ雨の河童橋(櫛原希伊子)

長電話は場所を移して冬 ぬくし(玉村謙太郎)

四月馬鹿伝言板の誤字直す(近藤阿佐)

わたつみの豊旗雲に入日射し今夜の月夜さやけくありこそ(天智天皇)

千金の名だかき月の雲間よりせめて一二分もれ出でよかし(四方赤良)

絵を踏めば助かる命冬菫(平田俊子)

年を経て君し帰らば山陰のわがおくつきに草むしをらん(正岡子規)

名画座のヘップバーンに恋をして会話学びし渋谷の街に(大和嘉章)

鮎の宿おあいそよくて飯遅し(山口青頓)

奥津城や願ひのごとく花下に在り(下村梅子)

里芋のぬめり三流週刊誌(田中朋子)

捨てきれず逃ぐるも出来ず畑を打つ(森屋慶基)

緑の日名もなき草のなかりけり(時澤藍)

八月の遺書を書くように俳句書く(田中悦子)

名月やむかし名妓のもの語り(堀内敬三)

今しがた聞きし茸の名は忘れ(上村占魚)

鈴が音の早馬駅のつつみ井の水を賜へな妹が直手よ(東歌)

素足にて踏む人工の浜の砂(川村甚七)

噴水やまこと短き昼休(枝澤聖文)

渡り鳥近所の鳩に気負いなし(小川軽舟)

かため置く雨月の傘の雨雫(長沼紫紅)

物知の蘊蓄を聴く屏風かな(野中亮介)

焼さんま得手のものなる箸捌き(高澤良一)

梅雨の月傘をさす人ささぬ人(川崎展宏)

みみず鳴く日記はいつか懺悔録(上田五千石)

いまどきのはやり唄聴くそぞろ寒(藤平寂信)

薄雲は月のうしろを通りけり(正岡子規)

この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我はなりなむ(大伴旅人)

日盛りの一個の鞄軽からず(八木實)

鷹鳩と化して男もピアスする(漁俊久)

明易や雨の降りたる跡ありて(木村定生)

からすめは此の里過ぎよほととぎす(西鶴)

一事をばはげむべしとぞ読み始む(矢津羨魚)

降る雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴くもあるか(橘諸兄)

麦の秋さもなき雨にぬれにけり(久保田万太郎)

風車人の気配に廻りけり(屋山漫太郎)

朝には海辺に漁りし夕されば大和へ越ゆる雁し羨(とも)しも(膳王ーかしわでのおおきみ)

すめば又うき世なりけりよそながら思ひしままの山里もがな(吉田兼好)

清貧と安逸と無聊の生涯を喜び酔生夢死に満足せんと力むるものたり「浮世絵の鑑賞」(永井荷風)

何事の見立てにも似ず三かの月(松尾芭蕉)

征露丸焦げて胃にある五月闇(和知喜八)

風花や荷風の作をふところに(大町糺)

通帳の利息一円敬老日(山本小品)

妻看ると職退きし友銀河濃し(間浩太)

老いらくの昼寝の笑みを訊かれけり(寺尾善三)

文学少女が老いし吾が妻茨の実(草間時彦)

秋深むひと日ひと日を飯炊いて(岡本眸)

冷し酒男は粋をめざしけり(前野雅生)

消防も野次馬も去り守宮(いもり)鳴く(内藤一漁)

聞き耳をたてしが秋の声ならず(相生垣爪人)

其人の名もありさうな春野哉(正岡子規)

陰に生る麦尊けれ青山河(佐藤鬼房)

老残のこと伝はらず業平忌(能村登四郎)

残る蚊をかぞへる壁や雨のしみ(永井荷風)

よろこべばしきりに落つる木の実かな(富安風生)