巻三十二立読抜盗句歌集

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巻三十二立読抜盗句歌集

素袷やそのうちわかる人の味(加藤郁乎)

居酒屋に席空くを待つ西鶴忌(岸川素粒子)

歳晩の脚立に妻の指図待つ(安居正浩)

船頭に浮巣も水の道標(江川虹村)

東北は上下に長し寝冷腹(松本勇二)

失言と一ト日気づかず餅腹(中戸川朝人)

鍵穴に蜜ぬりながら息あらし(寺山修司)

鍵かけてしばし狂ひぬ春の山(攝津幸彦)

秋高し自衛隊機の大編隊(久世孝雄)

松手入れ見様見真似の枝捌き(森美佐子)

若ければ走つた筈が秋時雨(岩藤礼子)

噴火してしまつた山の苦笑ひ(高橋将夫)

ぽつねんと狸爺の梅見酒(前田吐実男)

生霊酒のさがらぬ祖父(おほじ)かな(其角)

春の夢みているやうに逝きにけり(西原仁)

信ずれば平時の空や去年今年(三橋敏雄)

カステラにフォーク突き刺す秋思かな(土居小夜子)

おいそれと買手のつかぬ山笑ふ(境惇子)

そぞろ寒捨つべき上着なほ着古し(高澤良一)

基礎知識大根おろしにして食べる(速川美竹)

アベックも死語のひとつや浮寝鳥(深沢ふさ江)

チョコレートひとつ含みて日向ぼこ(古舘和夫)

向き合ひて恋めく卓やレモネード(本間尚子)

黒猫の冬の目にあるニヒリズム(日原正彦)

カステラの語源に諸説秋高し(川崎展宏)

借家の天井低き暑さかな(正岡子規)

ガマ(漢字)あるく自己顕示して自己嫌悪(川口裕敏)

西吹けば東にたまる落葉かな(蕪村)

北が吹き南が吹いて暮るる春(臼田亞波)

河童屁の水泡浮ぶや夏柳(安斎桜カイ子)

炉話の身の振り方に及びけり(北村仁子)

四天王憤怒す百舌もまた叫ぶ(水原秋桜子)

健康を数値で説かれ文化の日(藤巻朋子)

受験子の抜け殻となるチャイム鳴る(岩田桂)

結局はおもひおもひの梅見かな(近藤史子)

どこを見ていた狸やら轢かれいる(高山青苔)

ひとり酔ふ岩魚の箸を落としたり(石川桂郎)

早々と鈴を貰ひし子猫かな(高田風人子)

地下道を歩き継ぎけり日の盛り(宮城和歌夫)

夕立や君が怒の一しきり(正岡子規)

検針のこんどは瓦斯や日の盛り(高澤良一)

年寄はみんな曲者唐辛子(田中兼豊)

首とんで事をさまりぬ白椿(高橋将夫)

健全な暮らしの端に竜の玉(森田智子)

朧から出られぬ月の光かな(抜井諒一)

大年や左右の違ふ靴の底(中山雅弘)

マフラーや話せは長き顔の傷(英龍子)

ふるさとを素通りしたる冬の旅(田村エイゾウ)

黒帯の猛者なりしとはちやんちやんこ(木嶋朗博)

風筋を掴み滑空冬鴎(高澤良一)

地吹雪や絶版の書が店先に(辻桃子)

死は春の空の渚に游ぶべし(石原八束)

何んだ何んだと大きな月が昇りくる(時実新子)

メモに書く句句帳に書く句春惜しむ(後藤比奈夫)

立春の水が動かすホースかな(野住朋可)

コンビニに現世のすべて冬の暮(高野ムツオ)

いささかの貯へもあり年の暮(石川つや)

初夏や豚汁旨き牛丼屋(南十二国)

下魚を焼く煙なり天の川(小澤實)

本棚に決まる本の座福寿草(津川絵理子)

組織論のどこかすえいてゆきのした(寺井谷子)

パソコンにあそばれている秋の夜(石川正尚)

川と海どこで折合ふ時雨虹(佐藤績麻)

連れられて詫び云ひ歩く月夜かな(内城道興)

忘年の駅乗り過ごす為体(ていたらく)(高澤良一)

本棚のどこかに悪書大西日(寺井谷子)

なすな恋波止場のケーキ評論家(徳重千恵子)

風に敏く寄生木(やどりぎ)に冬長からむ(中戸川朝人)

恙なくこの身ありたし福寿草(永見嘉敏)

諌めつつ繋ぎ居にけり猫の恋(炭太祇)

われの持つうぬぼれ鏡けらが鳴く(阿部優子)

猫の子のひとり遊びを見てひとり(細川加賀)

ラソンが歩いて来たる野菊かな(細川加賀)

右の眼に左翼左の眼に右翼(鈴木六林男)

何するも大安吉日四月馬鹿(山中麦とん)

菜の花や仏滅といふしづかな日(豊長みのる)

評判のケーキの店や花水木(山縣輝夫)

熱燗の余勢をかつて人物評(高澤良一)

山姥の目敏く土筆見つけたり(沢木欣一)

煩悩の頭剃りかね昼寝する(佐藤愛子)

ふと肩の荷を下ろしたる朝寝かな(稲畑汀子)

人の目に見ゆる哀しさ霞網(山崎みのる)

雨ながら人出そこそこ花の寺(今井風狂子)

春愁や鳩の出て来ぬ鳩時計(宮脇白夜)

一羽鳩この秋晴に任務もち(鷹羽狩行)

異邦人箸を短く寿司を食む(和田郁子)

緊張の苺潰してほぐれけり(後藤清美)

押合を見物するや年の市(河合曾良)

身を投げた名所めでたき柳かな(正岡子規)

ごてごてと草花植えし小庭かな(正岡子規)

春愁や聞けば聞くほど藪の中(篠原三郎)

気がかりを一つ抱えて日向ぼこ(阪上多恵子)

目覚めいて布団の中の小半時(安藤久美子)

如月の指よりこぼるものばかり(谷中降子)

洪水に遭うて戦禍と大地震も(赤尾恵以)

東京のつつじといへば根津権現(高澤良一)

問ひたきは花盗人のこころかな(井上士朗)

図らずも謀られている万愚節(瀬戸美代子)

死を持ちて生まるる誤算万愚節(立川弘子)

間違ひのもとは近道枯芒(木津和典)

文学の道に岐路あり雪ばんば(中村國司)

少年の面影眼元遠雲雀(日向野花郷)

若人の日本語いずこ秋桜(島津紀代子)

向日葵に午後の懈怠を覗かれし(山田弘子)

植込に春暮れんとす何の花(正岡子規)

一枝は薬の瓶に梅の花(正岡子規)

「忖度(そんたく)」が通訳できず記者たちが戸惑つているニッポンの闇(島村久夫)

勝ち負けを顔に出さずにきた人の「君が代」歌うときに崩れたり(荻原葉月)