「役割分担 - いかりや長介」新潮文庫 だめだこりゃ から

 

「役割分担 - いかりや長介新潮文庫 だめだこりゃ から

おかしなもので、「これぞドリフの笑い」という核を最初につくったのは、ちびでピアノの弾けないピアニストを入れてしまったと私が後悔した男、荒井注だった。それも、きっかけは彼がろくにピアノを弾けないことに発しているのだから、世の中わからない。
私が客席からリクエストを受ける。
「あの曲ですね、わかりました。仲本君、どう?高木君、どう?」で、最後に「荒井君、どう?」。荒井は「ハーッ」と大きくため息をついて、リクエストした客を睨んだり、歯ぎしりしたり。  
私が荒井をいじめるネタもあった。小ネタでは「ピアノの(髪が)ウスイ君」「ハゲ注」とか呼んだこともあった。
印象的なネタがある。メンバーの四人を並べて私が、「音楽のリズムには強弱がある。身をもって覚えておかねばならない」などと言って、「これがワルツのリズムだ」とメンバーの頭を“強・弱・弱”と叩く。その“強”のところに荒井がいる。荒井は怒って四人の並びを入れかえる。そこで私が「これがタンゴのリズム」「これがドドンパ」と曲調を変えて、必ず“強”のところが荒井に当たるようにする。常に荒井は強くひっぱたかれるのだ。その殴られたあとのリアクションが抜群にうまかった。いくら叩かれても湿った空気にならない独特のキャラクターだった。天才といってもいいすぎではない。
薄い髪をかきあげて、
「なんだ馬鹿野郎」
「なんか言ったか」
「いや、何も」
なんて。

この荒井がウケはじめた。いじめられては反抗する、「全員集合」での荒井のキャラクターがもうできあがり始めていた。メンバーがキャラクターの出し合いをしたときに、一番早く色を打ち出したのは荒井だったのだ。しかも人徳というか何というか、一番生意気そうな顔をしているから、いじめても、残酷に見えない。
荒井の役回りができたことで、自然と私がいじめ役、いわば「権力者」という役回りになった。加藤は受けが巧く、ふてぶてしい荒井よりは可愛らしく見える。そうだ、あいつも荒井とは別タイプのいじめられ役にしよう。
こうしてドリフの笑いの構図が出来上がっていった。私という強い「権力者」がいて、残りの四人が弱者で、私に対してそれぞれ不満を持っている、という人間関係での笑いだ。嫌われ者の私、反抗的な荒井、私に怒られまいとピリピリする加藤、ボーッとしている高木、何を考えてるんだかワカンナイ仲本。メンバー五人のこの位置関係を作り上げたら、あとのネタ作りは楽になった。
常に命令権、主導権を持つ私がいて、ひたすら加藤を可哀想に見せるための場面を作っていく。他の連中も加藤に救いの手は出さない。荒井は私の命令にシカトして、早くその場から逃げたいだけ。仲本はすべて「いかりやさんの言う通りです」。ブーに何か言うと、荒井が「ブーにそんな難しいこと聞くなよ」。かくして加藤だけがいじめられていく。この加藤のいじめられ役がウケた。
私の先生と加藤の生徒、私の課長と加藤のヒラ、私の大家と加藤の店子、私のコンバット隊長と加藤の部下……。私にいびられる加藤は本当に可哀想で、観客の同情を買った。私に何とか一矢[いつし]を報いようとする姿はけなげで共感を呼んだ。見た目も、メンバー中抜きんでてガタイが大きい私に対し、小柄な加藤はかないっこない印象を与える。ますます加藤への声援は高まった。加藤も期待に応えて、体を張って大いに奮戦していた。ギャグが弱いときでも、加藤が私に一矢報いたりすると大ウケにウケた。
ドリフの笑いの成功は、ギャグが独創的であったわけでもなんでもなくて、このメンバーの位置関係を作ったことにあるとおもう。もし、この位置関係がなければ、早々にネタ切れになっていただろう。そして、先走って結論を言うようだが、荒井が抜けたとき、ドリフの笑いの前半は終わったという気がする。メンバーの個性に倚[よ]りかかった位置関係の笑いだから、荒井の位置に志村けんを入れたからといって、そのままの形で続行できるものではなかった。志村自身も荒井の役を継ごうとはおもっていなかっただろうし。だから志村加入以後は、人間関係上のコントというより、ギャグの連発、ギャグの串刺しになっていった。
それはまだ先の話だ。話を戻そう。
この頃のある晩、たまたま乗ったタクシーの運転手がおりぎわに言った。
「長さん、あんまりカトちゃんをいじめないでよ」
私は、やった!狙い通りだ!と心の中で快哉[かいさい]を叫んでいた。