(巻三十六)雪よりもつめたき雨にかはりけり(板倉ケンタ)

(巻三十六)雪よりもつめたき雨にかはりけり(板倉ケンタ)

2月14日火曜日

10メートルを超える北風と予報だが、朝起きたとき風はない。曇り空。

朝家事は洗濯。部屋干し。

少し風の出てきた中を郵便局に出す転居届のコピーを取りに生協まで出かけた。往路でトイちゃんを呼び出してスナックをあげた。

昼飯は、昨晩の残りのおでんと磯辺焼き。二人して旨い、美味しい、ありがたいと頂いた。

餅二つ脹れ付きしを吉とせり(丸井巴水)

昼飯喰って、一息入れて、散歩日和ではまったくないが3日も逢っていないクロちゃんに逢いに出かけた。都住の階段下で呼ぶと段ボール箱のシェルターから跳び出してきた。スナックをあげた。風が強くなったのですぐに帰途に付き、生協でポケット瓶とアーモンド小魚を買い帰宅。ピーナッツの方が好きだが、ピーナッツは止まらないので、小袋10袋のアーモンド小魚にしてみた。

夕方、風が鳴いている。

願い事-涅槃寂滅、酔生夢死です。

トリスをショッツで3杯あおり就寝。「きしゃぽっぽ」の途中で眠りに落ちたようだ。そのまま逝けばそれで由なのだが。

「たき火 - 国木田独歩」角川文庫 武蔵野 から

を再読いたした。

どつぷりと後暮れゐる焚火かな(松本たかし)

「たき火 - 国木田独歩」角川文庫 武蔵野 から

北風を背になし、枯れ草白き砂山の崕[がけ]に腰かけ、足なげいだして、伊豆連山のかなたに沈む夕日の薄き光を見送りつ、沖より帰る父の舟遅しとまつ逗子あたりの童の心、その淋しさ、うら悲しさはいかがあるべき。

> 御最後川の岸辺に茂る葦[あし]の枯れて、吹く潮風に騒ぐ、その根かたには夜半の満汐に人知れず結びし氷、朝の退潮[ひきしお]に破られて残り、ひねもす解けもえせず、夕闇に白き線を水[み]ぎわに引く。もし旅人、疲れし足をこのほとりに停[と]めしとき、何心なく見廻して、何らの感もなく行き過ぎうべきか。見かえればかしこなるは哀れを今も、七百年の後にひく六代御前の杜なり、木がらしその梢に鳴りとつ。

落ち葉を浮かべて、ゆるやかに流るるこの沼川[ぬまかわ]を、漕ぎ上る舟、知らずいずれの時か心地よき追分の節おもしろくこの舟より響きわたりて霜夜の前ぶれをかなしつる。あらず、あらず、ただ見るいつもいつも、物いわぬ、笑わざる、歌わざる漢子[おのこ]の、農夫とも漁人とも見分けがたきが淋しげに櫓をあやつるのみ。鍬かたげし農夫の影の、橋とともに朧ろにこれに映る、かの舟、音もなくこれを掻き乱しゆく、見る間に、舟は葦がくれ去るなり。

日影なおあぶずりの端[は]に?[た]ゆとうころ、川口の浅瀬を村の若者二人、はだか馬に跨りて静かに歩ます、昼めきたるを見ることもあり。かかる時浜には見わたすかぎり、人らしきものの影なく、ひき上げし舟の舳[へさき]に止まれる烏の、声をも立てで翼打[はう]ちものうげに鎌倉のほうさして飛びゆく。

ある年の十二月末つ方[かた]、年は迫れど童[わらべ]はいつも気楽なる風の子、十三歳を頭[かしら]に、九ツまでくらいが七、八人、砂山の麓に集まりで何事をか評議まちまち、立てるもあり、砂に肱[ひじ]を埋めて頬杖つけるもあり。坐れるもあり。この時日は西に入りぬ。

評議の事定まりけん、童らは思い思いに波打ちぎわを駈けめぐりはじめぬ。入江の端より端へと、おのがじし、見るが間に分かれ散れり。潮遠く引きさりしあとに残るは朽ちたる板、縁欠けたる椀、竹の片[きれ]、木の片、柄の折れし柄杓[ひしゃく]などのいろいろ、皆一昨日[おととい]の夜の荒れの名残りなるべし。童らはいちいちこれを拾いあつめぬ。集めてこれを水ぎわを去るほどよき処、乾ける砂を撰びて積みたり。つみし物はことごとく濡[うるお]いいたり。

この寒き夕まぐれ、童らは何事を始めたるぞ。日の西に入りてよりほど経たり、箱根足柄の上を包むと見えし雲は黄金色にそまりぬ。小坪の浦に帰る漁船の、風落ちて陸近ければにや帆を下ろし漕ぎゆくもあり。

がらす砕け失せし鏡の、額縁めきたるを拾いて、これを焼くは惜しき心地すという児[こ]の丸顔、色黒けれど愛らし。されどそはかならずよく燃ゆとこの群れの年かさなる子、己[おの]が力にあまるほどの太き丸太を置きつついえり。その丸太は燃えじと丸顔の子いう。いな燃やさでおくべきと年上の子いきまきて立ちぬ。かたわらに一人、今日の獲もののいつになく多きようなりと、喜ばしげに叫びぬ。

わらべらの願いはこれらの獲物を燃やさんことなり。赤き炎は彼らの狂喜なり。走りてこれを躍り越えんことは互いの誇りなり。されば彼らこのたびは砂山のかなたより、枯れ草の類[たぐい]を集めきたりぬ。年上の子、先に立ちてこれらに火をうつせば、童らは丸く火を取りまきて立ち、竹の節の破るる音を今か今かと待てり。されど燃ゆるは枯れ草のみ。燃えては消えぬ。煙のみいたずらにたちのぼりて木にも竹にも火はたやすく燃えつかず。鏡のわくはわずかに焦げ、丸太の端よりは怪しげなる音して湯気を吹けり。童らはかわるがわる砂に頭押しつけ、口を尖らして吹けどあいにくに煙眼に入りて皆の顔は泣きたらんごとし。

沖ははや暗[くら]うなれり。江の島の影も見わけがたくなりぬ。干潟を鳴きつれて飛ぶ千鳥の声のみ聞こえてかなたこなた、ものさびしく、その姿見えずとみれば、夕闇に白きものはそれなり。あわただしく飛びゆくは鴫[しぎ]、かの葦間[あしま]より立ちけん。

この時、一人の童たちまち叫びていいけるは、見よや、見よや、伊豆の山の火はや見えそめたり、いかなればわれらが火は燃えざるぞと。童らは斉[ひと]しく立ちあがりて沖の方をうちまもりぬ。げに相模湾を隔てて、一点二点の火、鬼火かと怪しまるるばかりなり、明滅し、動揺せり。これまさしく伊豆の山人[やまびと]、野火を放ちしなり。冬の旅人の日暮れて途[みち]遠きを思う時、遥かに望みて泣くはげにこの火なり。

伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節おもしろく唄い、沖の方のみ見やりて手を拍[う]ち、躍り狂えり。あわれこの罪なき声、かわたれ時の淋しき浜に響きわたりぬ。私語[ささや]くごとく波音、入江の南の端より白き線立[すじた]て、走りきたり、これに和したり。潮は満ちそめぬ。

この寒き日暮れにいつまでか浜に遊ぶぞと呼ぶ声、砂山のかなたより聞こえぬ。童の心は伊豆の火のほうにのみ馳[は]せて、この声を聞くものなかりき、帰らずや、帰らずやと二声三声、引き続きて聞こえけるに、一人の幼なき児、聞きつけて、母呼びたまえり、もはやうち捨て帰らんといい、たちまちかなたに走りゆけば、残りの童らまた、さなり、さなりと叫びつ、競うて砂山に駈けのぼりぬ。

火の燃えつかざるを口惜[くやし]く思い、かの年かさなる童のみは、後振りかえりつつ駈けゆきけるが、砂山の頂に立ちて、まさにかなたに走り下らんとする時、今ひとたび振り向きぬ。ちらと眼[まなこ]を射たるは火なり。こはいかに、われらの火燃えつきぬと叫べば、童ら驚き怪しみ、たち返りて砂山の頂に集まり、一列に並びてこなたを見下ろしぬ。

げに今まで燃えつかざりし拾い木[ぎ]の、たちまち風に誘われて火を起こし、濃き煙うずまき上り、紅の炎の舌見えつ隠れつす。竹の節の裂[わ]るる音聞こえ火の子舞い立ちぬ。火はまさしく燃えつきたり。されど童らはもはやこの火に還[かえ]ることをせず、ただ喜ばしげに手を拍ち、高く歓声を放ちて、いっせいに砂山の麓なる家路のほうへ駈[は]せ下りけり。

今は海暮れ浜も暮れぬ。冬の淋しき夜となりぬ。この淋しき逗子の浜に、主なき火はさびしく燃えつ。

たちまち見る、水ぎわをたどりて、火の方[かた]へと近づきくる黒き影あり。こは年老いたる旅人なり。彼は今しも御最後川を渡りて浜に出[い]で、浜づたいに小坪街道へと志[こころざ]しぬるなり。火を目がけて小走りに歩むその足音重し。

嗄[しわが]れ声にて、よき火やとかかすかに叫びつ、杖なげ捨てていそがしく背の小包みを下ろし、両の手をまず炎の上にかざしぬ。その手は震い、その膝はわななきたり。げに寒き夜かな、いう歯の根も合わぬがごとし。炎は赤くその顔を照らしぬ。皺[しわ]の深さよ。眼[まなこ]いたく凹[くぼ]み、その光は濁りて鈍し。

頭髪も髭も胡麻白にて塵にまみれ、鼻の先のみ赤く、頬は土色せり。哀れいずくの誰ぞや、指してゆくさきはいずくぞ、行衛[ゆくえ]定めぬ旅なるかも。

げに寒き夜かな。独りごちし時、総身を心ありげに震いぬ。かくて温まりし掌[たなごころ]もて心地よげに顔を摩[す]りたり。いたく古びてところどころ古綿の現われし衣の、火に近き裾のあたりより湯気を放つは、朝の雨にうるお[難漢字]いて、なお乾[ほ]すことだに得ざりしなるべし。

> あな心地よき火や。いいつつ投げやりし杖を拾いて、これを力に片足を揚げ火の上にかざしぬ。脚絆[きやはん]も足袋も紺の色あせ、のみならず血色[ちいろ]なき小指現われぬ。一声[いつせい]高く竹の裂[わ]るる音して、勢いよく燃え上がりし炎は足を焦がさんとす、されど翁は足を引かざりき。

げに心地よき火や、たが燃やしつる火ぞ、かたじけなし。いいさして足を替えつ。十とせの昔、楽しき炉[いろり]見捨てぬよりこのかた、いまだこのようなるうれしき火に遇わざりき。いいつつ火の奥を見つむる目[ま]なざしは遠きものを眺むるがごとし。火の奥には過ぎし昔の炉の火、昔のままに描かれやしつらん。鮮やかに現われるるものは児にや孫にや。

昔の火は楽しく、今の火は悲し、あらず、あらず、昔は昔、今は今、心地よきこの火や。いう声は震いぬ。荒ら荒らしく杖を投げやりつ。火を背になし、沖の方を前にして立ち体[たい]をそらせ、両の拳[こぶし]もて腰をたたきたり。仰ぎ見る大ぞら、晴れに晴れて、黒澄み、星河霜[せいかしも]をつつみて、遠く伊豆の岬角[こうかく]に垂れたり。

身うち煖[あたた]かくなりまさりゆき、ひじたる衣の裾も袖も乾きぬ。ああこの火、誰[た]が燃やしつる火ぞ、誰[た]がためにとて、誰[たれ]が燃やしつるぞ。今や翁の心は感謝の情にみたされつ、老の眼[まなこ]は涙ぐみたり。風なく波なく、さしくる潮[うしお]の、しみじみと砂を浸[ひた]す音を翁は眼[まなこ]閉じて聴きぬ。さすらう旅の憂[う]きもこの刹那[せつな]にや忘れはてけん、翁の心、今ひとたび童の昔にかえりぬ。

あわれこの火、ようように消えなんとす。竹も燃えつき、板も燃えつきぬ。かの太き丸太のみはなおよく燃えたり。されど翁はもはやこれを惜[お]しとも思わざりき。ただ立ち去りぎわに名残り惜しくてや、両手もて輪をつくり、抱[いだ]くように胸のあたりまで火の上にかざしつ、眼しばだたきてありしが、いざとばかり腰うちのばし、二足三足ゆかんとして立ちかえれり、燃えのこりたる木の端々[はしばし]を掻き集めて火に加えつ、勢いよく燃え上がるを見て心地よげにうち笑みぬ。

翁のゆきし後、火は紅[くれない]の光を放ちて、寂寞[じやくばく]たる夜の闇のうちにおぼつかなく燃えたり。夜更け、潮みち、童らが焼[や]きし火も旅の翁の足跡も永久[とこしえ]の波に消されぬ。

> (明治三十年十一月作)