「受刑者が作業報奨金の支給を受ける権利と債権差押え - 西南学院大学教授濵崎録」法学教室2023年3月号

 

「受刑者が作業報奨金の支給を受ける権利と債権差押え - 西南学院大学教授濵崎録」法学教室2023年3月号

最高裁令和4年8月16日第三小法廷決定

■論点
刑事収容施設において作業を行った受刑者が作業報奨金の支給を受ける権利は、強制執行の対象となりうるか。
〔参照条文〕刑事収容98条、民執143条・152条

【事件の概要】
決定文からは事件の詳細は不明であるが、本件は、刑事収容施設において作業を行った執行法上の債務者たる受刑者の作業報奨金の支給を受ける権利に対して債権差押命令の申立てがなされた事例である。この申立てを却下する決定をした原審(広島高決令和3・11・24)の判断に対して、抗告人が許可抗告の申立てを行った。
【決定要旨】
〈抗告棄却〉「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条は、作業を行った受刑者に対する作業報奨金の支給について定めている。同条は、作業を奨励して受刑者の勤労意欲を高めるとともに受刑者の釈放後の当座の生活費等に充てる資金を確保すること等を通じて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的とするものであると解されるところ、作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、上記の目的を達することができないことは明らかである。そうすると、同条の定める作業報奨金の支給を受ける権利は、その性質上、他に譲渡することが許されず、強制執行の対象にもならないと解するのが相当である。したがって、上記権利に対して強制執行をすることはできないというべきである。このことは、受刑者の犯した罪の被害者が強制執行を申し立てた場合であっても異なるものではない。」

 

【解説】
債権執行において、債権差押えの被差押適格として、①独立の財産権であること、②財産的価値を有すること、③譲渡可能性を有すること、④差押え当時に債務者に属する権利であることに加え、差押禁止債権(民執152条)に該当しないことが必要である。
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、「刑事収容施設法」)98条は、作業を行った受刑者に対して作業報奨金を支給することを規定する。作業報奨金は、釈放後の当座の生活資金を確保し、所持金がないないがために再犯に及ぶという事態を防止する等の目的で支給される。作業報奨金は、作業に対する報酬的な性格も有する一方、受刑者に行わせる作業は改善更生及び円滑な社会復帰を目的とする矯正処遇の一方策としての性格もあり、一般社会における自由な労働に対する純粋な対価とは異なる。これに比して、同法100条が定める作業上の負傷等により受刑者の身体に障害が残った場合や死亡した場合などの手当金の支給を受ける権利は、同法102条1項により、その譲り渡し、担保提供、又は差し押さえることが禁止されている。作業報奨金についてはこのような禁止規定が設けられていないため、民事執行法152条における差押禁止債権にも該当せず、刑事収容施設法においても差押えが禁止されていない受刑者の作業報奨金の支給を受ける権利が強制執行の対象になりうるか否かがあらためて問題となった。
刑事収容施設法の前身である監獄法のもとで現在の作業報奨金に相当した作業賞与金については、受刑者の作業奨励や釈放時の更生資金支給という政策目的を持ち、釈放時に国家から恩恵的に給与されるものであり、釈放時までは単なる計算高にすぎず、受刑者は将来支給を受けうる期待権を有するにとどまり、債権とはいえないとして、差押えの対象となることを否定した裁判例(東京高決平成4・10・2)があった。本決定は、刑事収容施設法における受刑者が作業報奨金の支給を受ける権利について、最高裁として初めて判断を示した判例である。作業報奨金を支給する政策目的、この支給を受ける権利の性質を考慮すれば、本決定の結論は妥当と考えられる。

ただ、本決定は、作業報奨金の支給を受ける権利に対して「強制執行をすることはできない」と判示しており、この読み方が問題となりうる。刑事収容施設法における作業報奨金は、監獄法下の作業賞与金に比べて作業に対する報酬的な性格が強められており、両者を同一視することはできない。一方で、作業報奨金も受刑者の改善更生や釈放後の資金に充てさせる目的のものであり、釈放前の段階では報奨金計算額という観念的な数額(計算上の金額)にすぎない点は監獄法下の裁判例における作業賞与金の位置づけとおおむね共通する。作業報奨金について、釈放前の段階においてその支給を受ける権利を観念する余地はなく、刑事収容施設法100条所定の手当金の支給を受ける権利とは異なり、その譲り渡し、担保提供、差押えは観念し得ず、受刑者の釈放の際に、その時点での計算上の金額である報奨金計算額と同額の金額で確定することによりはじめて受刑者の具体的な権利(作業報奨金支払請求権)として発生することになる。このため、監獄法下と同様に差押えの対象たる独立の財産として観念できず、したがって強制執行の対象たりえないと判示したものと読むこともできる。
しかし、本決定は、作業報奨金の政策目的を挙げたうえで、「作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、上記の目的を達することができないことは明らかである」と述べており、この支給を受ける権利の財産的価値を否定することなく、一身専属的な性質を理由に、その譲渡可能性を否定し、作業報奨金の支給を受ける権利が債権者による権利行使につながる差押えの対象となりえないと判示したものと読むべきであろう。