「放置違反金納付命令の対象となる「車両の使用者」の意義 - 関西学院大学教授中原茂樹」法学教室2022年5月号



 

「放置違反金納付命令の対象となる「車両の使用者」の意義 - 関西学院大学教授中原茂樹」法学教室2022年5月号

広島高裁岡山支部令和3年7月15日判決

■論点
レンタカー業者は、放置違反金納付命令の対象となる「車両の使用者」に当たるか。
〔参照条文〕道交(以下「法」という)2条1項18号・44条・51条の4

【事件の概要】
レンタカー業者であるXは、令和2年1月7日、軽四乗用車(以下「本件車両」という)を同年2月6日までAに貸し出す旨の契約を締結し、車両を引き渡した。同年1月25日、B警察署の警察官2名は、道路の交差点内に本件車両が止められており、車内および周辺に運転者がいなかったことから、放置車両(法51条の41項)に当たると認め、確認標章を本件車両に貼付した。同日、B警察署の職員は、Xに放置駐車違反情報連絡票を送付した。B警察署長から同条3項に基づく報告を受けた岡山県公安委員会は、本件車両を放置車両と認め、同年2月10日付けでXに弁明通知書を送付した上で、同年3月13日、同条4項に基づき、Xに対し放置違反金1万8000円の納付を命じた(以下「本件納付命令」という)。Xは、本件納付命令の取消訴訟を提起した。第1審岡山地裁令和3・2・16は請求を棄却。Xが控訴。
【判旨】
〈控訴棄却〉(i)「放置違反金納付命令の精度は、違反駐車のうち……放置車両については、……運転者を特定することが困難であるため、その責任追及を十分に行うことができない状況にあることにかんがみ、車両の使用による社会的便益を享受し、車両の包括的な運行支配を有する立場にある使用者に対して放置違反金を課すことによって……違法駐車を抑止することを目的として、平成16年の法改正により新設された」。「このような……制度の趣旨、目的等に照らせば、法51条の4第4項所定の『使用者』とは、放置車両の権原を有し、車両の運行を支配し、管理する者をいう」。「レンタカー業者は、……レンタカー契約に基づいて、一定の条件の下で自己の保有する車両を貸し渡すべきかどうかを判断……するのであるから、当該貸出車両の権原を有し、運行を支配し、管理する者といえる」。「さらに、レンタカー業者は、その使用する車両を借受人に貸し出すことで社会的便益を享受しているのであるから、当該車両が適切に運行されることを管理すべき責任を負っており、……『使用者』に該当する」。
(ii)「Xは、駐車違反の責任は第一義的には運転者が負うものであって、……Aの責任を追及すべきであった旨主張する。」「平成16年の法改正……の背景には、警察において、違反した運転者の特定、呼出し、検挙等に多大なコストが費やされていた一方で、社会の治安情勢の悪化に伴い、……違法駐車の取締りに投入できる警察資源に限界があるという問題があった」。「そして、従来〔の〕実情を踏まえ、……確認標章が取り付けられた日の翌日から起算して30日が経過し、かつ、……運転者が……反則金を納付……〔し〕ない場合には、使用者に対し、放置違反金の納付を命ずることができることとするのが、……警察資源の問題にも鑑みて合理的であると考え……たものと解される」。「加えて、法51条の4第16項及び第17項は、公安委員会が、使用者に対して放置違反金納付命令を行った後であっても、運転者が反則金を納付し……た場合には、同命令を取り消さなければならず、放置違反金が既に納付等されている場合には、これを還付しなければならないこととしている」。「それ以上に、警察や公安委員会等が……可能な限り運転者の特定に努め、運転者を特定しうる場合には必ず先に運転者の責任を追及することなどを……放置違反金納付命令の要件としているものと解釈することはできない」。

【解説】
平成16年の道交法改正により導入された放置違反金制度は、行政上の義務の実効性確保手法として、理論上も実務上も重要な意義を有する。本判決は、同制度の趣旨につき立法の経緯に遡って詳細な検討を加えた上で、レンタカー業者は放置違反金納付命令の対象となる「車両の使用者」に当たること(判旨(i))、および、運転者の特定に努めたり、運転者を特定しうる場合には先に運転者の責任を追及したりすることは同命令の要件ではないこと(判旨(ii))、を示したものであり、注目される。なお、本判決に対しXが上告したが、最決令和4・1・18判例集未登載により上告不受理・上告棄却とされた。
放置違反金制度導入の背景として、交通反則金制度が、反則行為は本来犯罪行為であるという建前をとっていることの問題(中原茂樹「交通反則金制度」ジュリ1330号10頁以下)がある。犯罪行為であるという建前を貫くと、違反者が現場にいない放置駐車違反については、判旨(ii)が指摘するような執行上の困難を避けられない。そこで、放置駐車違反については、運転者に対する反則金通告・刑事罰とは別に、車両の運行を支配管理する権限を有する使用者に対して、行政上の秩序罰としての放置違反金を科しうることとされた。この制度が運転者の“逃げ得”への対処を趣旨とすることからすると、一般に運転者が使用者である場合が多いことに着目した仕組みであって、レンタカーのように運転者が使用者と異なることが明らかな場合にまで適用することには、疑問も生じうる。しかし、レンタカーについても放置駐車違反を行った者の特定・立証が困難であることに変わりなく、大量処理の必要性から定型的処理を可能とするために放置違反金制度が法定された以上、レンタカー業者も使用者として納付命令の対象となると解される。その際、運転者の“逃げ得”に対処するためには、放置違反金の負担を運転者に求償することが望ましいが、そのような仕組みの構築(例えは、クレジットカードを登録させて借受人への求償を確実にすること)を含めて使用者の負担とするのが制度の趣旨であると解される。