「刑訴法 警察内部の事情聴取における黙秘権不告知と自白の任意性・信用性 - 明治大学教授黒澤睦」法学教室2023年6月号 

 

「刑訴法 警察内部の事情聴取における黙秘権不告知と自白の任意性・信用性 - 明治大学教授黒澤睦」法学教室2023年6月号 

東京高裁令和4年9月7日判決

■論点
①黙秘権告知が必要なのはいつからか。
②自白の任意性と信用性は具体的にはどのように判断されるか。
〔参照条文〕憲38条1項・2項、刑訴198条2項・318条・319条1項・322条1項

【事件の概要】
本件は、警察官であった被告人Xが、証拠品である腕時計の紛失の発覚を免れるため、その任意提出書及びX作成の領置調書(以下併せて「本件各書類」)をシュレッダーで裁断廃棄したとされる事案である。平成30年12月に腕時計の紛失が発覚し、腕時計の保管状況や行われたことになっている還付手続の状況についての警察内部の調査として、同月24日にXの事情聴取(以下「本件事情聴取」)が行われた。その際、Xが本件各書類を警察署内のシュレッダーで裁断した旨申告したことから、本件が発覚した。平成31年2月11日にXに対して公用文書毀棄を被疑事実とする取調べ(以下「本件取調べ」)が行われ、Xが事実を認め、複数の自白調書(以下「本件各自白調書)が作成された。
原判決は、本件各自白調書には任意性・信用性が認められるとして、Xが本件各書類を裁断廃棄した事実を認定し、Xを有罪とした。これに対し、被告人X側が、(i)訴訟手続の法令違反(本件各自白調書を任意性が認められないのに証拠採用した旨)と(ii)事実誤認(本件各自白調書に十分な信用性が認められない旨を含む)を主張して控訴した。
【判旨】
〈控訴棄却〉
(i) 「本件は、本件事情聴取における被告人の申告を契機として発覚したものであり、本件事情聴取の時点ではその疑いも生じていないのであるから、聴取者等がその申告を強要したとは考えられないし、被告人が捜査経験を有する警察官であることも踏まえると、本件事情聴取に先立ち黙秘権の告知がされていないからといって、同申告やその後の被告人の自白の任意性を否定すべき理由はない。」
(ii) 「本件自白調書は、本件事情聴取における自発的な申告の内容を詳述したものであって、同申告が虚偽でない限りは、信用性が高いというべきところ、自発的にされた同申告が虚偽であることを疑わせる事情は見当たらない。また、被告人は、腕時計を除く10点の任意提出書等に署名押印を得るなどしたのであるから、それと相容れない本件各書類を廃棄する動機を有していたことは明らかである。本件各自白調書に十分な信用性が認められるとした原判決の判断に誤りはない。」

【解説】
1 憲法上は「何人」も自己に不利益な供述を強要されず(憲38条1項、自己負罪拒否特権)、刑訴法上は「被疑者」と「被告人」に黙秘権が保障される(刑訴198条2項・311条1項)。また、被疑者取調べには黙秘権の事前告知が必要である。(198条2項、被告人につき291条4項参照)。他方で、「被疑者以外の者」である参考人の取調べの場合、黙秘権告知は準用されない(223条2項参照)。
しかし、実際には参考人と被疑者の境界線は明確ではなく、被疑者取調べとして黙秘権を告知すべき時期が争われる。例えば、東京高判平成22・11・1は、捜査機関が立件を視野に入れて捜査対象としながら黙秘権を告げず、参考人として事情聴取して不利益な事実の承認を録取した警察官調書は、「黙秘権を実質的に侵害して作成した違法がある」とする。
本判決は、本件公用文書毀棄が「本件事情聴取における被告人の申告を契機として発覚したものであり、本件事情聴取の時点ではその疑いも生じていない」としており、本件事情聴取時点では実質的にも「被疑者」ではなく黙秘権告知は不要と考えたようである。
2 自白排除法則の根拠には学説上の争いがあるが、いずれにしても、「任意にされたものでない疑のある自白」は証拠とすることができない(刑訴319条1項・322条1項・憲38条2項も参照)。この自白の任意性について、最高裁は、取調べに際して黙秘権の告知がなかったからといって、そのことから直ちに、その取調べに基づく被疑者の供述の任意性が否定されることにはならないとする(最判昭和25・11・21)。他方で、下級審判例では、警察官による黙秘権告知が取調べ期間中一度もされなかったと疑われる場合には、供述の任意性判断に重大な影響を及ぼすとの判断も見られる(浦和地判平成3・3・25)
本判決は、前述のとおり、本件事情聴取時点での黙秘権告知は不要としているため、前提が異なる。もっとも、仮にその時点で黙秘権告知が必要だとしても、「被告人が捜査経験を有する警察官である」こと、すなわち、自己負罪拒否特権や黙秘権を熟知していることは、本判決の判示を前提にすると、当初の申告やその後の自白の任意性が否定されない事情となりうる。
3 自白も証拠の一種であり、その証明力さ裁判官の自由な判断に委ねられる(刑訴318条)が、経験則や論理則にのっとった合理的・科学的な証拠評価が必要であり、特に自白にはその信用性を含む証明力の判断に慎重さが求められる(憲38条3項・刑訴319条2項〔自白補強法則〕参照)。この自白の信用性の判断について、最高裁は民事判決ではあるが、自白の「信用性の判断は、自白を裏付ける客観的証拠があるかどうか、自白と客観的証拠との間に整合性があるかどうかを精査し、さらには、自白がどのような経過でされたか、その過程に捜査官による誤導の介在やその他虚偽供述が混入する事情がないかどうか、自白の内容自体に不自然、不合理とすべき点はないかどうかなどを吟味し、これらを総合考慮して行うべきである」とする(最判平成12・2・7)。
本判決は、申告の自発性、本件各自白調書はその申告内容を詳述したものであること、申告が虚偽であると疑わせる事情の不存在、動機の明白な存在等を指摘しており、自白の信用性の具体的な判断として参考になろう。