「精神科病院設置者の説明義務 - 早稲田大学教授山城一真」法学教室2023年5月号から

精神科病院設置者の説明義務 - 早稲田大学教授山城一真法学教室2023年5月号から

最高裁令和5年1月27日第二小法廷判決

■論点
精神科病院の設置者につき、無断離院の防止策についての説明義務違反があったといえるか。
〔参照条文〕民415条・709条

【事件の概要】
AはYが設置する精神科病院(本件病院)に入院(精神保健福祉法22条の4第2項〔平成25年同法改正前〕所定の任意入院。本件入院)していた間に、本件病院の敷地内の散歩を希望する旨を告げて病棟から外出し、そのまま敷地外に出た後、付近の建物から飛び降りて自殺した。
Aは、本件入院に際して、主治医から、入院中の処遇につき、原則として、本人の求めに応じ、夜間を除いて病院の出入りが自由に可能な処遇(開放処遇)となる旨等が記載された書面を交付された。厚生省告示によれば、任意入院者は、原則として開放処遇を受けるものとされていた。自殺の当時、Aは、敷地外への単独外出は許可されていなかったものの、院外外出は許可されていた。
本件入院当時、本件病院の病棟の出入口は常時施錠されており、院内外出時には、看護師にその旨を告げ、病棟から出入りすることされていた。病院の門扉は、平日の日中は開放され、その付近に守衛や警備員はおらず、監視カメラ等も設置されていなかった。他の精神科病院には、無断離院の可能性の高い患者に徘徊センサーを装着する等の対策を講じているところもあったが、それが医療水準において必要とされていたとは認められない。
以上の事実関係において、Aの相続人であるXは、Yには、診療契約に基づき、本件病院においては無断離院の防止策が十分に講じられていないことをAに説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったとして、Yに対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求した。原判決は、無断離院の防止策の有無・内容が診療契約上の重大な関心事項になっていたとして、上記事情のもとでは、単独での院内外出を許可されている任意入院者は無断離院をして自殺する危険性があることを説明すべき義務を負っていたにもかかわらず、Yはこれを怠ったと認め、Xの請求を認容した。

【判旨】
〈破棄自判〉「本件病院において、任意入院者に対して開放処遇が行われ、無断離院の防止策として上記措置〔徘徊センサーの装着等〕が講じられていなかったからといって、本件病院の任意入院者に対する処遇や対応が医療水準にかなうものではなかったということはできない。また、……任意入院者が無断離院をして自殺する危険性が特に本件病院において高いという状況にはなかったということができる。さらに、Aは、本件入院に際して、本件入院中の処遇が原則として開放処遇となる旨の説明を受けていたものであるが、具体的にどのような無断離院の防止策が講じられているかによって入院する病院を選択する意向を有し、そのような意向を本件病院の医師に伝えていたといった事情はうかがわれない。
以上によれば、Yが、Aに対し、本件病院と他の病院の無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障すべきであったということでき」ないから、「Yに説明義務違反があったということはできない」。

 

【解説】
1 本判決は、統合失調症患者の自殺事案につき、医師の説明義務に関する判断を示す点で先例的意義をもつ。問題とされたのは、「無断離院の防止策を比較した上で入院する病院を選択する機会を保障」するための説明義務である。
従来の判例は、「当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報」を提供することは、契約上の債務の内容とはならないとしてきた。(最判平成23・4・22)。本件で問題とされた説明が契約の締結に関する情報提供たる意味のみをもつならば、これを怠ったとしても、契約上の義務違反が生じる余地はないはずである(①締結関連情報構成)。これに対して、自らの入院中に受ける処遇は患者自身の安全にとって重要な事項だから適切な説明が必要だとみるならば、この種の情報の提供も、債務の履行に関わるものとして、契約上の義務となる余地がある(②履行関連情報構成)。ただ、そうした説明は、病院の選択のためというよりは、安全確保策の一環という性格を帯びる。
2 説明義務の発生要件につき、無断離院の防止策を考慮して病院を選択する意向を「本件病院の医師に伝えていた」か否かが問題とされる点は、①から説明しやすい。重要性が明白ではない点については、それを重視することを相手方に知らせない限り、説明を期待し得ないからである。これに対して、②からは、その点は必ずしも有意ではない。②において説明義務違反を否定するのに重要なのは、無断離院対策を講じることが医療水準に照らして要求されるわけではなく、本件においては安全確保に必要な説明が一応は尽くされたと評価されるという事情であろう。
3 本判決は、説明義務違反に基づく責任の性質を明言せず、これら2つの視点からの説示を並記する。その検討にあたっては、説明の目的と責任の性質との整合性に留意する必要があろう。
4 以上のほか、事案の具体的評価としては、開放処遇を制限(精神36条1項)しなかったことの適否、実効的な無断離院防止策の具体的内容についても、考察を深める余地がある。原審においては、Yの自殺防止義務(安全配慮義務)違反を認めるためには、自殺の具体的・現実的危険性があることを認識し得たことを要するとして(この点につき、最判平成31・3・12判時2427号11頁)、Aが希死念慮を訴えたのは本件入院から7~10年前の入通院期間中であるが長期間に及ばず改善していたこと、本件入院期間中には、希死念慮を訴えたり自殺企図に及んだりしていないことを理由に、Yの義務違反が否定されている。
さらに、より根本的には、患者の自由をできる限り尊重しつつ、生命・身体への危険を回避する方策を制度的に検討することも、重要な課題といえるであろう。