「行政法-退職手当支給制限処分(全部不支給)の適法性 - 関西学院大学教授中原茂樹」法学教室2023年10月号

 

行政法-退職手当支給制限処分(全部不支給)の適法性 - 関西学院大学教授中原茂樹」法学教室2023年10月号

最高裁令和5年6月27日第三小法廷判決

■論点
飲酒運転により懲戒免職処分を受けた教員に対し退職手当を全部不支給とする退職手当支給制限処分の適法性。
〔参照条文〕宮城県職員の退職手当に関する条例12条1項1号

【事件の概要】
宮城県A工業高校の教諭Xは、勤務先の歓迎会で飲酒し、帰宅のため自家用車を運転中、交差点で物損事故を起こし、酒気帯び運転により逮捕された。宮城県教育委員会(以下「県教委」という)は、Xに対し、地方公務員法29条1項1号および3号により懲戒免職処分をするとともに、宮城県職員の退職手当に関する条例12条1項1号(以下「本件規定」という)により、退職手当1724万円の全部を不支給とする退職手当支給制限処分をした。Xは上記各処分の取消訴訟を提起した。原審・仙台高判令和4年5月26日は、懲戒免職処分の取消請求は棄却したが、退職手当支給制限処分については、本件規定の趣旨を超えて著しい不利益を与えているとして、退職手当の3割を不支給とする部分を取り消した。
【判旨】
〈破棄自判〈請求棄却〉〉
(i) 「本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格をを踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。この・・・判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することはできない。」。「そうすると、本件規定は、・・・退職手当支給制限処分をするか否か、・・・どの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねている・・・。したがって、裁判所・・・は、・・・当該処分に係る判断が社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである」。「本件規定は、・・・勘案すべき事情を列挙するのみであり、そのうち公務に対する信頼に及ぼす影響の程度等、公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない。また、・・・本件規定と趣旨を同じくするものと解される国家公務員退職手当法・・・12条1項1号等の規定の内容及びその立法経緯を踏まえても、本件規定からは、・・・全部を支給しないこととする場合を含め、退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨を読み取ることはできない」。
(ii) 「Xは、・・・長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、・・・本件事故を起こし・・・、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものである」。「公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかった」。「公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであった」。「さらに、県教委が、・・・教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出・・・していたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点も軽視し難い」。「以上によれば、・・・県教委の判断は、Xが管理職ではなく、・・・懲戒処分歴がないこと、約三十年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会通念上著しく妥当を欠い・・・たものとはいえない」。

【解説】
平成20年の国家公務員退職手当法の改正前は、懲戒免職処分を受けた職員に対する退職手当は、一律に全額不支給とされていた。しかし、①退職手当は、勤続報償のみならず生活保障および賃金後払いの性格も有すること、②民間企業の懲戒解雇の場合には、一律に全額不支給とはされていないこと、③限界事例において、免職と停職とで退職手当上の効果の差が大きすぎること等の理由(総務省「国家公務員退職手当の支給の在り方等に関する検討会報告書」〔2008年〕参照)により、一部不支給にとどめること等を可能とする上記改正が行われた。本件規定は、それに合わせて定められたものである。
判旨(i)は、退職手当支給制限処分の趣旨および司法審査枠組に関する最高裁の初判断であり、公務員の懲戒処分に対する司法審査(最判昭和52・12・20)と類似の判断枠組を示している。そして、公務員に固有の事情を重視すべきでないとはいえず、また、全部不支給も含めて例外的な場合に限定されないとする。以上を踏まえ、判旨(ii)は、本件の行為態様の悪質性、公立学校の公務に対する信頼失墜や重大な支障、服務規律確保の求め等の事情を重視して、全部不支給は社会通念上著しく妥当を欠くものではないとした。
これに対し、原審および宇賀克也裁判官の反対意見は、県教委が制定した運用基準が、停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として免職とされたときは、一部不支給にとどめることを検討する(その場合にも、公務に対する信頼に及ぼす影響に留意して、慎重な検討を行う)とする点に着目する。そして、県教委が制定した懲戒処分の基準では飲酒運転は免職または5月以上の停職とされ、3名の高校教員が酒気帯び運転で停職とされたほか、本件非違行為より後に宮城県の警察官が酒気帯び運転で停職3月とされた例があることから、Xについても停職にとどめる余地があったといえ、一部不支給にとどめることを慎重に検討すべきであったとする。
判旨(i)が示す判断枠組自体は妥当であるとしても、これのみでは、諸要素の重み付けの基準が「社会観念」以上に具体化されていない。そこで、処分庁が設定した裁量基準を媒介として、他の懲戒事例との比較の視点を導入することにより、具体的な議論が可能になると考えられる。しかし、判旨(ii)は、そのような視点には立たない。最高裁は、懲戒処分の裁量審査において、処分庁の判断過程(裁量基準の設定とその当てはめ)を跡付け、その合理性を審査する方法をとっていないように見えるが、本判決にも同様の問題があるように思われる。