「民訴法 婚姻費用分担の審判の前提事項たる父子関係存否の判断 - 西南学院大学教授 濱崎録」法学教室2023年11月号から

 

「民訴法 婚姻費用分担の審判の前提事項たる父子関係存否の判断 - 西南学院大学教授 濱崎録」法学教室2023年11月号から

最高裁令和5年5月17日第二小法廷決定

■論点
婚姻費用分担の審判において、推定を受けない嫡出子の監護に要する費用が含まれるか否かが問題となる場合に、その前提となる父子関係の存否についても当該審判において判断することができるか。
〔参照条文〕家事事件手続法別表第2

【事件の概要】
XとYは平成26年2月に婚姻の届出をし、同年4月にXがAを出産し、AをXとYの嫡出子とする出生の届出をした。ところが、令和元年、XがYに対して離婚を求めたことを契機として、別居した。別居後、YはDNA検査を実施し、その結果は、自身がAの生物学上の父であることを否定するものであった。Yは、令和3年3月、YとAとの間の父子関係(以下、「本件父子関係」)は存在しないとして親子関係不存在確認調停の申立てをするとともに、Xとの離婚を求めて夫婦関係調整調停の申立てをした。
上記親子関係不存在確認調停の手続において、DNA鑑定が実施され、その結果は、YがAの生物学上の父であることを否定するものであった。この親子関係不存在確認調停事件および上記夫婦関係調整調停はいずれも不成立により終了した。
一方で、Xは、Yに対して婚姻費用分担調停の申立てをした。この調停は不成立により終了したが、上記申立ての時に本件婚姻費用分担の審判の申立てがあったものとみなされて、審判に移行した。
この審判において、原々審は、本件父子関係は存在しないとした上で、本件の事実関係に照らすと、XがYに対して婚姻費用の分担を求めることは信義則に反するなどとして、本件申立てを却下する審判をした。これに対して、Xが即時抗告。原審は、XがYに対して婚姻費用の分担としてX自身の生活費を求めることは信義則に反するとした上で、YがAの生物学上の父であることはDNA鑑定によって否定されているものの、本件父子関係はこのことから直ちに否定されるものではなく、その存否は訴訟においてその他の諸事情も考慮して最終的に判断されるべきものであるとして、本件親子関係の存否について審理判断せず、上記婚姻費用分担調停の申立ての日の属する翌月からYとXとの離婚若しくは別居状態の解消又は訴訟における本件父子関係不存在を確認に至るまでの間、本件父子関係不存在を確認する旨の判決が確定するまでの本件父子関係に基づく扶養義務を認め、Yは月額4万円の養育費相当額を支払うべきものとした。これに対してYが許可抗告の申立て。
【決定要旨】
〈原決定破棄、原々審判に対する抗告破棄〉「夫は、婚姻後に妻が出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないもの・・・・・との間の父子関係について、嫡出否認の訴えによることなく、その存否を争うことができる。そして、訴訟において、財産上の紛争に関する先決問題として、上記父子関係の存否を確定することを要する場合、裁判所がこれを審理判断することは妨げられない(最高裁昭和50年9月30日第三小法廷判決)。このことは、婚姻費用分担審判の手続において、夫婦が分担すべき婚姻費用に推定を受けない嫡出子の監護に要する費用が含まれるか否かの判断の前提として、推定を受けない嫡出子に対する夫の上記父子関係に基づく扶養義務の存否を確定する場合であっても異なるものではなく、この場合に、裁判所が上記父子関係の存否を審理判断することは妨げられないと解される(最高裁昭和41年3月2日大法廷決定)。」
「そうすると、本件において、Yの本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合に、裁判所が本件父子関係の存否を審理判断することは妨げられない。」

【解説】
婚姻費用分担は審判事項である(家事事件手続法別表第2参照)。しかし、家事審判手続において夫婦の分担すべき婚姻費用についての判断の前提となる父子関係存否は訴訟事項であることから、かかる訴訟事項についても家事審判手続において審理判断できるかが問題となった。
訴訟事項と非訴訟事項の問題について、判例は、遺産分割審判に関してではあるが、非訟事件における前提問題としての権利義務について審理判断することも差し支えないとする。その上で、この場合に審判が確定すればその形成的効力は争うないが、前提事項に関する判断には既判力は生じないから、これを争う当事者は別に民事訴訟を提起して前提たる権利関係の確定を求めることができ、その結果、判決によって前提たる権利の存否が否定されれば、非訟事件の裁判もその限度において効力を失うに至るとしてきた。
原審は、本件のような婚姻費用分担審判の前提たる父子関係の存否という訴訟事項は遺産分割審判の前提たる訴訟事項とは異なるとの判断のもと、訴訟事項たる父子関係不存在の確認は訴訟によって確定すべきとして、審判における判断をしなかったと解される。これに対して、最高裁は、婚姻費用分担の審判手続において、嫡出推定を受けない場合で婚姻費用分担審判の前提たる父子関係の存否についても裁判所審理判断することは妨げられないとした。したがって、上記判例の射程は本件にも及ぶと判断したことになる。
ただし、審判の前提事項について審理判断が可能であるとは、あくまで審判の理由中で父子関係の存否について判断できるというにとどまり、当該前提事項の判断に既判力は生じない。本決定により、今後は嫡出推定を受けない子の監護をめぐる婚姻費用分担の審判では、前提の訴訟事項たる父子関係の存否についても審判において判断すべきことになるとも解しうる。一方、本件は先立つ調停において父子関係を否定するDNA鑑定の結果があったこと、原決定後に父子関係父子関係不存在確認判決が確定したことが認められていることから、審判における前提の判断とのちの訴訟における判断が異なるおそれがない事案であった点には、本決定の射程との関係で留意すべきであろう。