「地面師詐欺被害への取締役の対会社責任 - 一橋大学教授得津晶」法学教室2023年4月号

 

「地面師詐欺被害への取締役の対会社責任 - 一橋大学教授得津晶」法学教室2023年4月号

阪高裁令和4年12月8日判決

■論点
会社が高額の地面師詐欺による被害を被った場合に会社の代表取締役・取締役に任務懈怠が認定できるか。
〔参照条文〕会社847条・423条

【事件の概要】
A社代表者Cは、Bと装って行動した人物(以下、偽Bとする)がBである旨を証明する公正証書を作成して、大手ハウスメーカーである上場会社Z社(監査役会設置会社。補助参加人)の従業員DにBの所有する不動産(本件不動産)の購入を持ち掛けた。Z社の従業員D、Eらは、本件不動産を購入することを決定し稟議書を作成した。Z社代表取締役社長Y1は、本件不動産の現地をEらと視察し、稟議書を承認する旨決裁しで、Z社はA社との間で本件不動産を70億円で購入する売買契約を締結した。その際に偽Bは、偽造した旅券原本、印鑑証明書原本、住民票原本等の偽造文書を提示した。Z社とA社は所有権移転等の仮登記申請を行い、受理された後に、Z社は手付金14億円をC及びA社に支払った。
その後、Z社の本社に本件不動産の所有権移転請求権仮登記に係る売買予約の締結を否認する旨のB名義の通知4通が内容証明郵便で送付された。Y1はEに法務部長と相談するように指示し、Dらは、通知書の差出人住所が現在は誰も住んでいない本件不動産であったこと、連絡先が記載されていなかったこと等から、これらを本件売買契約妨害のための嫌がらせであると判断した。他方で、D、Eらは、Z社法務部および弁護士と相談し、Bの本人確認を改めて行い、さらに追加で本人確認書類等の提出を求めたが、弁護士から助言されたBの知人等への写真による本人確認はBの不興を買うおそれがかあるとして実施しなかった。
D、Eらは、妨害行為を鎮静化させるために残代金決済を前倒しすることとし、偽BやCと交渉し、Z社法務部長及びY1の了承を経て、残代金56億円中49億円が前倒しで支払われ、本件不動産の所有権移転登記申請がなされた。だが、登記申請書類が偽造であることが発覚し、登記申請が却下され、偽Bとは連絡が取れなくなった。
Z社株主Xが、Y1及び経理財務部担当取締役Y2に対して、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の任務懈怠によってZ社に詐欺による損害55億円5900万円が発生したとして損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した。
第一審(大阪地裁令和4年5月20日)は請求棄却。第一審判決は、稟議書の決裁及び残代金決済前倒しの了承について「当該取締役の地位や担当職務を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反によることはない」と経営判断原則を判示し、「下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる」として、事実等の認識ないし評価は合理的であり、かつ、判断の推論・過程に著しく不合理な点は見られないとした。また、監視義務違反、内部統制システム構築義務違反等もないと判示した。X控訴。

【判旨】
〈控訴棄却〉 第一審判決を引用の上、以下の「付加説明」を付けた。「Z社は、会社法上の大会社で、売上高、従業員数をみても経営規模が極めて大きく、分担された義務に応じて権限も委譲された組織形態となっており、Y1は、その最高執行責任者(COO)、代表取締役として、各部門の義務を総合運営し、義務執行全般を指導統制することなどが求められていたが、上記のような会社の規模、組織体制、同Y1の地位、役割に照らすと、本件売買契約の代金額が70億円と多額であったとしても、本件各不動産購入の契約内容等を具体的に点検することまで求められていたとはいい難い。そして、………Y1自身が本件取引の売主の本人性について積極的に情報収集や分析をすべきであったとはいい難い」。
【解説】
1 本件は報道等で著名な地面師詐欺事件において会社に生じた損害について代表取締役及び財務担当取締役の対会社責任が問題となった株主代表訴訟である。
2 本件第一審は、経営判断原則の問題と内部統制システム構築義務の問題とを区々に論じた。だが、本件で問題となっている詐欺取引は従業員が行ったものであり、代表取締役が行った稟議書の承認は、いわば従業員に対するリスク管理すなわち内部統制の問題であって、内部統制システム構築義務の中で問題とすべきである。そして、会社法上の大会社には内部統制システムを設ける義務はあるものの、その具体的内容の決定には取締役会に裁量があるとされ、学説には経営判断原則が適用されるとする見解もある一方で、判例(最判平成21・7・9)は、不正行為発生を予見すべき特別事情がない限り、通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制を整えることを要求する。
3 本判決は、より厳格な後者の立場に従ったとしても、Xが「通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制」の不備の立証に失敗し、B名義の4通の通知等では、なりすましによる妨害行為の頻出しる不動産取引では、「不正行為発生を予見すべき特別事情」に該当しないとして責任を認めなかったのであろう。