「死亡推定時刻はどう推理する? - 上野正彦」朝日文庫 死体の教科書 から

「死亡推定時刻はどう推理する? - 上野正彦」朝日文庫 死体の教科書 から

監察医である私の目の前に死体がある。
はたしてこの死体はいつ死体になったのか。
つまりいつ死亡したか。死亡推定時刻間をどう考えるか。
それは監察医にとって重要な仕事の一つである。
なぜか。
午前中に死んだのか、あるいは午後に死んだのかの違いによって、犯人のアリバイがあるか、ないかにかかわってきたり、そのほかさまざまな問題に関連してくるからだ。
二〇〇八年六月八日、午後〇時半ごろ東京の繁華街のド真ん中で、通行人七名が殺害され、一〇名が重軽傷を負った大事件が発生した。秋葉原の通り魔事件だ。テレビでも中継された。この事件のように多くの目撃者がいて、いつ事件が起きたか、発生時間が明確なケースもある。
しかし、死亡時間がはっきりしないケースも多い。
たとえば知人が久しぶりに独居老人宅を訪れたら腐乱状態で死んでいた。検死に出向いた監察医は現場で死体を前に死亡時間を考える。
(死後二~三週間は経っているな・・・)
漠然と思いながら、警察の聞き込み状況を聞く。三週間くらい前、被害者がコンビニのポリ袋を持って歩いていりのを見た人がいるという。同一人物の可能性がきわめて高い。しかも室内にそのころと思われるコンビニの領収書が見つかっている。
監察医は、それらの状況などをあわせて領収書の日付の二~三日後に死亡日を推定する。捜査状況と腐乱した死体所見が、その日でほぼ合致するからだ。
ただ、本来監察医は状況に頼らず死体所見そのもの、腐敗の程度から死亡日を推定すべきである。
しかし、現状はこのようにあやふやな決め方したできないことが多い。
暑い季節、台所に生魚を放置すれば、二日後には腐って食べられなくなる。それと同じで人体も死亡すると、時間とともに少しずつ腐敗がはじまってくる。
月へ行って帰って来られるくらい科学が進歩した時代になっても、法医学はその人の死亡時間を現場から遡って正確に言い当てることはできないのである。
腐敗しているから死後三日くらい経っていると思っても、東京と札幌では温度差が大きいから、一定した答えはない。
この死後経過時間の推定には、多くの研究発表があるが、いまだ決定的な学説はない。
周囲の環境変化に影響を受けることなく、時間の経過だけに反応し変化する物質を体の中に発見できれば、死後経過時間(死亡時間)を正確に読み取ることはできるが、まだ見つけることはできていない。
夏と冬。北と南。やせている人と肥っている人。
そんな違いでも腐敗の進行度は違ってくる。数学のようなはっきり正解にたどり着くような方程式は残念ながら今のところない。
死後、死体はどのように変化していくのか。
法医学は死体現象を詳細に観察する学問でもある。
死亡時間を推定する場合、検死医は少なくとも次に挙げる六つの予備知識を持っておくべきであると思う。もちろん読者にとってもわかりやすい事柄であるので明記しておきたい。医学は生きている人の命をサポートする学問であるから、死後は医師の手を離れてしまう。しかし法医学だけはその死が出発点になるのである。

 

1 死後起きる体温の降下
死亡時間の推定方法でもっとも信頼される研究の一つに、体温の降下度測定がある。
死ぬと熱の発生はなくなる。だから三七度あった体温は、そのときの外気温まで降下してくる。
かつて監察医の先輩たちが二一六六例の死体の直腸温度を測定した研究報告がある。
要約すると外気温が二〇度のとき、死後五時間くらいまでは体温は一時間に一度降下し、それ以後は一時間に〇・五度降下するというものである。
つまり気温二〇度の初夏、深夜一二時に殺された死体が翌朝七時に見つかったとすると、朝五時の段階では三七度マイナス五度(=一度×五)で三二度。残り二時間でさらに一度(=〇・五度×二)下がることになるから死体の体温は三一度になるる。
だから気温二〇度の中、三一度の体温の死体が現場に放置されているとすれば、死亡推定時間は深夜一二時になるという計算だ。
しかし死体の置かれた環境、死因、体格などさまざまな要因によって、体温降下度は変わってしまう。深夜一二時の気温と三時の気温、それに六時の気温は当然違う。また同じ室内でも場所によって気温は異なるので、その分、補正しなければならない。それに何より死亡した人の直前の体温が三七度の場合もあるだろうし、三五度の場合もある。
つまるところ死亡推定時間に限っていえば、医師の学識や経験あるいは勘などにたよらざるをえない部分も多いのである。

 

2 死体に現れる死斑
死ぬと心拍は停止し、血液の循環は止まる。血圧もなくなるから、血管内を巡っていた血液は重力の方向に沈下してくることになる。
背中を下にして仰臥位[ぎょうがい](あおむけ)で死亡していれば、血管内の血液は、重力の方向、すなわち背中の毛細血管に集まってくる。
死亡した人の血液が皮膚を通して見えるのが「死斑[しはん]」である。
死後二時間くらい経つと死斑は少しずつ見えてきて、徐々に強くなり、二〇時間くらいで最高度となり完成する。死斑は、基本的には赤褐色に見えるが、皮膚の色が黒いと暗赤褐色に見え、肌が黒い黒人の場合には死斑が見えない。
また一酸化炭素中毒死や凍死した人の死斑は鮮紅色である。
背中の上方と臀部[でんぶ](お尻の部分)は体重がかかって血管が圧迫されていて、血液は流れ込めないので、圧のかからない腰部に出現する。その死体を死後七~八時間くらいで裏返しにすると、死斑は背面から前面に移動し、背中と、腰部の両面に死斑を見ることがある。
縊死(首吊り)の場合は、当然下半身に死斑は現れる。血圧がなくなるから、すべての血液が重力によって、下方に集まるからである。
では次のような場合はどう考えればいいか。
目の前に紐にぶら下がった首吊り死体がある。首にかかった紐をはずし、床に下ろして、検死する。すると、背中に死斑があった。本来なら首吊り死体の死斑は、前述したように下半身に現れるものだ。
その場合、その首吊り自殺した死体は偽装殺人事件を示している。つまり、仰向けの状態で殺されて、しばらく経つと背中に死斑ができる。それを自殺に見せかけるために、紐に吊るして偽装しているのだ。繰り返しになるが、もし、本当の首吊り自殺であるなら、死斑は、背中にはできず、あくまで下半身にできるのである。
このように死斑の色、出現度、出現部位など細かく観察するだけでも、死亡時間、死因などある程度推定することができるのである。

 

3 死体(死後)硬直の真相
生きている人は、通常尿を漏らすことはない。それは自律神経が働いて無意識のうちに尿道括約筋を緊張させて、尿の排出を防いでいるからである。
しかし、死亡したり、意識不明になると、自律神経の緊張はなくなり、尿道括約筋、肛門括約筋、瞳孔括約筋はまひするので、瞳孔拡大、大小便の失禁などが現れる。よく首吊り自殺をした死体が失禁していたというのは、その理由によるものである。
同時に筋肉も一時弛緩してぐったりするが、一~二時間経って死斑が現れるころ、筋肉も徐々に硬くなって今度は関節が動かなくなってくる。
これが死体硬直である。減員は筋肉内のATP(アデノシン三リン酸)の減少あるいはグリコーゲンの減少、乳酸の増加などによると考えられている。
死体硬直は、死斑の出現とほぼ同じころ、死後一~二時間くらいから徐々にはじまり、五時間くらいでかなり強くなり死後二〇時間くらいで最強度になる。
死体がある場所の温度が高ければ高いほど硬直の発現は早く、タンパク質の分解による筋硬直緩解[かんかい]もまた早くなる。
法医学の教科書には、硬直の発現は顎関節から上肢、下肢の順に出現するなどと書かれているが、それは間違いだ。
ではいったいどこから死体硬直がはじまるのだろうか。わかりやすく言えば、一番、疲労している筋肉に一番早く硬直が出現してくる。
こんな例がある。土手でわらび採りをしていた老女が、すべって川に落ち溺死した。右手にわらびを握ったままであった。これは筋肉疲労の死体硬直出現のためである。つまり、わらびを右手で採っていてもっとも疲労していたのが右手だったからである。
死亡前に激しい運動があり、疲労状態で急死すると、死亡時の姿勢のまま、硬直する。これを電撃性死体硬直と言っている。
これら死体硬直、死斑あるいは直腸温度などをあわせて考察すると、何時間前に死亡したのかを推定することができるのである。

 

4 死体はいつから腐敗がはじまるのか
死体発見が遅れると死体硬直後タンパク質が分解し、腐敗がはじまり、死体硬直は徐々に緩解してくる。
個体が死ぬと当然細胞も死滅する。やがて自己の持つ酵素によって、体に分解が生じる。これが自己融解である。これに体の内外から細菌も加わって、タンパク質の分解が起こってくる。
生きている人の体は有機物(炭素を含む物質)の働きで生活しているが、死亡すると、その有機物は無機物(ナトリウム、カルシウムなどの無機物)に変化し、死体は無機物、つまり土になっていく。その変化のはじまりが腐敗である。

 

5 青鬼・赤鬼・黒鬼・白鬼
さらに腐敗が進行すると、硫化水素アンモニアを主成分とする腐敗ガスが、死体の中に発生する。血色素(ヘモグロビン)と硫化水素が結合して硫化ヘモグロビンになるため、全身の皮膚が淡青藍[たんせいらん]色に変色し腐敗ガスも発生し膨隆[ぼうりゆう]するのだ。
この状態を“青鬼”と呼んでいる。
やがて赤褐色に変色し、巨人様観を呈してくる。
これを“赤鬼”と言っている。
さらに発見が遅れれば腐敗は進行して黒色、“黒鬼”になり、軟部組織は融解して、黒色液化流出して白い骨格が残存することになる。
これが“白鬼”である。
こうなるまでの日数は、死体が置かれた環境によって異なるので一概には言えないが、暑い季節は早く、ハエなどが卵を産みつけると二四時間くらいで蛆[うじ]になり、体を侵蝕するから、数日で白骨化することもある。

 

6 永久死体(ミイラ化・死蝋化)はどうやってなるのか
しばらく前、東京の足立区で一〇〇歳を超えた老人がミイラ化、頭と顔は白骨化した状態で発見され話題になった。そのため一〇〇歳以上の高齢者の生存を確認する作業で全国の役所が対応に追われるようになった。
しかし、そのミイラ化した状態はいかにしてできたのだろうか。
人の体は、死後腐敗する前に乾燥すると、体の中の水分が蒸発して干物状、すなわちスルメや煮干し状態になる。人体は淡黄褐色あるいは黒色を呈する。
空気の流通がよい場所、湿気の少ない砂漠地帯などでは死体はミイラ化しやすい。古代エジプトにあるようなミイラはそのわかりやすい例だ。
また太った人よりやせて栄養のよくない人はミイラになりやすい。逆に言えば太ったミイラにはなかなかお目にかかれないことになる。
死蝋[しろう]化は、ミイラ化と逆に低温多湿、冷水中などに長く放置され、酸素の供給が少なくて、灰白色のワックス様化する現象を言う。
つまり死体の脂肪が脂肪酸グリセリンに分解し、この脂肪酸に冷水中のマグネシウム、カルシウム、カリウムなどが結合して、不溶解性の石鹸になる。これが死蝋化である。
冷たい湖底、雪山での遭難死した死体などに見られる現象である。
一般にミイラ化や死蝋化するには三カ月くらいかかると言われているが、日本は四季が順序よく移り変わるので、完全にミイラ化あるいは死蝋化する前に季節が変わってしまう。
したがって日本では半ばミイラ化(死蝋化)、半ば腐敗した中途半端な状態になっていることが多い。
足立区の老人の場合、頭と顔が白骨化、体がミイラ化した状態で発見されたという。おそらく、この老人の場合、寒い冬に死亡した。気温が低いから腐敗する前に水分の蒸発が進行し、ミイラ化がすすむ。しかし、日本の場合、四季があるから全部ミイラ化にはならずに、一部、すなわち頭や顔の部分は腐乱し、溶解がすすみ、結局白骨化した。そういう状況だったと推測される。
いずれにしても、ミイラ化や死蝋化が完成すれば、それ以上に変化はしないので、われわれはそれを永久死体と呼んでいるのである。