「トルコのトルコ風呂 ー 内村直也」文春文庫 巻頭随筆1 から

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「トルコのトルコ風呂 ー 内村直也」文春文庫 巻頭随筆1 から

ギリシャに滞在した帰り、トルコに寄ったので、本場のトルコ風呂に行ってみようと思った。イスタンブールではその機会を失したが、アンカラで目的を果たした。
案内をしてくれたN君は、ここでアルバイトをしながら、アジアとヨーロッパの接点を舞台とする長篇小説をコツコツ書いている文学青年である。トルコにきて、もう三年になるので、ことばは楽にしゃべる。彼の説によると、トルコ語というのは、日本語と文法が似ていて、動詞が一番最後にくる。だから、日本語流に単語を置き並べれば、トルコ語の会話は簡単にできるのだそうだ。
トルコでは、トルコ風呂とはいわない。ただの浴場である。案内してくれたのは、町の繁華街からちょっと外れたところにあ る大きな ビルの地下であった。
入口で、入浴料として、一人五トルコ・リラ(約百円)払う。派手なトルコ模様のついた、厚手の木綿の布を貸してくれた。服はロッカーに入れてもいいとのことだったが、N君が個室を借りたので、そこで着換える。布を、腹巻のように、下半身にまき、サンダルをはいて、扉をあけると、熱気と蒸気が充満した広い部屋があった。
急に眼鏡が曇って、なにも見えない。布のはしで、眼鏡を拭く。...部屋の中央に、大きな大理石の壇がある。その上に、布が敷いてあって、私たちと同じように、腹巻をした男たちが、ゴロゴロ臥(ね)ている。上向きの男、下向きの男、横向きの男...それぞれ勝手な姿勢をとっている。私たちも、その間に割り込んで臥た。
下の大理石から、熱気が伝ってく る。天井はかなり高いらしいが、蒸気の為に見えない。最初のうち、少し頭がクラクラする感じだったが、すぐに慣れた。汗が私の体の凡ゆる場所から、心臓の音のように、ドクドクと音をたてて溢(あふ)れ出た。
順番がきて、別の小さな壇に移った。ここで体を洗ってくれるのだが、ターバンを巻いた大きなトルコ人が、袋に詰った石鹸の泡を私の体中に、たっぷり吹きつける。その上を小さな布切を持った手でこする。ふとその手を見て驚いた。 
大きな男だから、大きな手をしているのは当然だが、それが湯でふやけて、皮の上にまた白い皮ができている。石鹸で白いのかなと思ってよく見たが、そうではない。皮膚が完全に変色しているのだった。
体を洗ってくれる、というようなものではなかった 。皮膚の毛穴からアカを掻き出すような、こすりかたである。腕からも首からも、アカがボリボリ出てきた。皮膚が削り取られている感じだった。...私は毎日風呂に入り、一応洗っているつもりなので、自分の体からこんなにアカが出ようとは想像もしなかった。
次は、再び大きな大理石の上に臥て、マッサージである。
「痛かったら、大きな声で“痛い!”って、日本語でいいから怒鳴らなければ駄目ですよ。我慢していると、奴らはいいものだと思って、力一杯揉みますからね」
N君から予め教わっていたのだが、“痛い!”と叫ぶと、この大男は面白がって、更に強く揉む。局部には全然触れないが、他の部分は徹底的にやる。なにやらトルコ語でしゃべるのが、私にはさっぱりわからない。最後には、首と脚を持って、つるし上げられた。プロレスの試合で、弱い選手が強い選手に翻弄されている感じで、日本のアンマからは想像もできない、荒っぽい、激しいものであった。
洗いからマッサージが四十分、...これが、十トルコ・リラ( 約二百円)であった。
終って、N君と個室に戻り、裸のまま、堅いベッドに横たわって、体を冷やした。体全体がヒリヒリしたが、それが、またなんともいえない爽快な気分であった。なる程、これがトルコ風呂か!と思った。 
外に出て、カフェ・テラスに入り、スイカの種をつまみながら、ビールを飲んだ。
「気に入ったな、本場のトルコ風呂は...。健康そのものだね。日本からきたお客さんは、みんな行きますか?」
と訊くと、
「それが、ここに長くいる日本人でも、行かない人のほうが多いんですよ。揉みくちゃにされるので有名ですから...。骨でも折られやしないかと思うんでしょうね」
とN君はいった。この本場のトルコ風呂が日本に輸入され、それがどこでどうして、いつの間に、日本 式トルコ風呂に変質してしまったのだろうか、などと私は考えた。
「君、あっちのほうは、どうしているの?」
ビールの勢いもあって、私はそんな質問をした。するとN君は、
「そのほうは、便利にできてるんです。僕の行きつけの処が近くにありますから、見物に行きましょう」
ということになった。
浴場から車で約十分位。大通りから入った、一つの路地の左右に、それらしい家が並んでいて、入口に女が立っていた。