1/2「僕の映画ベスト3 - 高田渡」ちくま文庫 バーボン・ストリート・ブルース から

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1/2「僕の映画ベスト3 - 高田渡ちくま文庫 バーボン・ストリート・ブルース から

それほど熱心に観ているわけではないが、僕は映画が大好きだ。
よく映画館に通っていたのは十代から二十代のころにかけてで、そのころはとにかく暇があると映画を観ていた。
今まで観た映画のなかで、好きな映画を三本挙げるとしたら、まず真っ先に思い浮かぶのが『鉄道員』である。初めて観たのはたしか十六歳のときで、もう七、八回は観ている。
当時はイタリア映画が全盛期だった。とりわけ、切々としたリアリティが感じられるネオリアリズム映画が大好きだった。
その代表格が『鉄道員』なのだが、ほかにもすばらしい映画はたくさんあった。
たとえば『誘惑されて棄てられて』という映画には、日常生活のなかで矛盾を抱えながらも生きている人間像が描かれていた。それはまさに自分の姿であり、自分の生活でもあった。
ネオリアリズムにしてはちょっとメルヘンチックな映画、『ミラノの奇蹟』も忘れ難い。『自転車泥棒』までいってしまうとあまりにリアルすぎて切なくなってしまうのだか、イタリアのネオリアリズム映画は自分の“写し絵”だった。だからこそ、文選工の仕事をちょこちょこ休んで映画館に通っていたのだ。
そんななかで、ひとりの女優にぞっこんとなった、イタリアのジーナ・ロロブリジーダ。強烈だった。すっかり頭にこびりついてしまった。彼女の映画を見るたびに、呆けたように見とれていた。外国の女性はこの人しかいないと、勝手に決めつけていた。
その後、佐賀の伯母の家に預けられて映画とは縁遠くなってしまったが、いっときも彼女のことを忘れた日はない。同級生よりも歳をくっていた僕は、学校でこううそぶいていた。
「オイ、田舎者!映画知ってるかあ?洋画だよ。横に字幕のついたやつ。ヨーロッパだよ。中でもイタリアがいいねえ-。なに、ジーナ・ロロブリジーダも知らねえって?いいんだよ、知ってもらわなくても。そのほうがいい。もうお前らとは映画の話はしねえよ。片岡千恵蔵忠臣蔵でも観て涙してろ!」
その後、何度かヨーロッパを旅して歩いたときに、僕はいつもジーナ・ロロブリジーダの面影を追い求めていた。パリの下町の市場、ミュンヘンのビアホール、ローマの駅の待合室、フィレンツェの街、アムステルダムの飾り窓のあたり、リスボンの坂道沿いの居酒屋......。だけどジーナはいなかった。
日本でも、気がつけばいつも彼女を探していた。吉祥寺の街中も歩き回った。武蔵野図書館、パルコの本屋、ハモニカ横丁、東急デパート、伊勢丹近鉄デパート、井の頭公園......。そしてようやく見つけ出した。彼女の写真集『ITALLIA  MIA』
のちに彼女が来日したときに、この写真集にサインをしてもらった。この家宝は死んでも手放すつもりはない。

あるとき、僕はいきつけの「いせや」で、隣に座って飲んでいるおやじに聞いてみた。
ジーナ・ロロブリジーダって女優、知ってますか」
「うん、たしかすごくきれいな女だろ、四十代以上の人なら知っているだろうけど、若い人は知らないだろうね。オレ、歯がないからうまく言えねえんだけどよ、ジーナ・ロロ...ブリジッ....。いいよねえ、きれいだったよねえ......」
なにもかも失われていくなかで、せめて憧れの女性だけはそのままでいてほしいと願う。僕のジーナ・ロロブリジーダは永遠なのである-。
余談だが、僕の奥さんは長谷川一夫の大ファンで、スクラップブックは写真などでぎっしり。今でもこう言う。
「男は長谷川よ。外人ならリノ・バンチェラってとこかなあ。いい男はみんな故人になっちゃうのね」
「じゃあ、僕はなんなんだい?」
「ん-、あんたは生活の糧だね、あまり頼りにならない......」
話をもとにもどそう。ベスト3のもう一本もイタリア映画である。『ニュー・シネマ・パラダイス』。これはイタリア映画の最高傑作だと思う。近年、あれほど古くさくて新鮮な映画はなかった。ほんとうにみごとな映画だった。
ニュー・シネマ・パラダイス』で思い出すのは、ポルトガルとの国境付近、スペインのメリダという小さな街に一泊したときの光景だ。
メリダの街は、まるで人形が住んでいるような、すべてを小さく凝縮したような印象の街だった。街に一軒だけあったチャイニーズレストランで食事をすませ、ふらっと街に出てみると、大勢の人が通りを歩いていた。それは街中の住民が外に出てきたのかと思うぐらいたくさんの人たちだった。彼らはゾンビのごとく、ズルズルと一定の方向に向かって歩いていた。なんだろうとあとについていくと、みんなは街なかの広場へと吸い込まれていった。その広場の片隅に巡査が立っていたので聞いてみた。いったいこれはなんだ、と。彼はただひとこと、「シネマ!」と答えた。
娯楽のないこの小さな街で、たぶん
久し振りに映画が公開されることになったのだろう。それを楽しみに、老いも若きもが野外劇場に集まってくる光景を目の当たりにして、僕はなんとも言えぬ懐かしさを覚えたのだった。
ニュー・シネマ・パラダイス』の監督、ジュゼッペ・トルナトーレがほかの監督二人と競作したオムニバス作品、『夜ごとの夢/イタリア幻想譚』もなかなか優れた作品である。全三話のうち彼の作品『青い犬』は、孤独な中年男の人生模様に野良犬を絡ませた物語なのだが、これがまた最高。ビデオ化されているので、ぜひ一見をおすすめしたい。
また『ニュー・シネマ・パラダイス』に出演していた男優のフィリップ・ノワレは、小さな島に亡命してきた詩人と現地の郵便配達人との交流を描いた作品、『イル・ポスティーノ』という映画にも出ている。これも心に残る一本だったので、機会があればぜひ。