2/2「僕の映画ベスト3 - 高田渡」ちくま文庫 バーボン・ストリート・ブルース から

f:id:nprtheeconomistworld:20201212083225j:plain

 

2/2「僕の映画ベスト3 - 高田渡ちくま文庫 バーボン・ストリート・ブルース から

 

さて、ベスト3の最後の一本は、新藤兼人監督作品の『裸の島』である。僕が観たのは十二、三歳のころ、まだ深川にいたときだ。科白がまったくない映画で、「こういう映画もあるんだ」と、ものすごく感銘を受けたことが強く記憶に残っている。
邦画でいえば、小津安二郎の一連の作品も好きな部類に入る。さりげない日常生活を丹念に撮ったという意味では斬新だった。
しかし、小津と比べれば、僕は黒澤明のほうが好きだ。彼の代表作、『七人の侍』も、たぶん小津と同じことを言っているのだと思う。ただ『七人の侍』は独特な手法で観る者に胸騒ぎを起こさせるように計算してつくられている。今観ても新鮮な迫力がある。結局はどちらが好きかという話なのだが、小津作品は小津作品ですごくいいけれど、どちらをとるかと言われたら僕はたぶん黒澤作品をとるだろう。
ともあれ、あの時代の作品は全般的に好きだといっていい。『キューポラのある街』という映画、最初に観たときは「なんて暗い映画なんだ」と思ったが、何度か観るうちに「いい映画だなあ!」と思えるようになってきた。あれは浦山桐郎の最高傑作だと言っても過言ではない。そのほかでは、川頭義郎監督の『かあちゃんしぐのいやだ』、それに山本嘉次郎監督の『綴方教室』。今でも記憶に残る名作である。
十七、八歳のころだと思うが、なんとなぬ気にはなっていて、結局は観にいかなかった映画がある。小林正樹監督の『人間の條件』である。この映画の上映時間はなんと九時間二十七分。みんな弁当をふたつ持って観にいっていたが、九時間以上も映画を見続けていたら、最後はなにがなんだかよくわからなくなってしまうんじゃないだろうか。いい映画という評判だったが、苦痛を我慢してまで観ようという気にはなれなかった。
最近の映画はほとんど観ていないが、今村昌平の『うなぎ』はけっこうおもしろくて笑ってしまった。彼の『カンゾー先生』という映画も、よく観ると歴史的な時代背景がしっかりと描かれていて、「なるほど」と感心させられた。
今村昌平は「映画監督」というよりも「映画職人」という感じがする。どの世界にしてもそうだけど、僕は“職人”と呼ばれる人に好感を持つ。職人が手掛ける仕事にまず間違いはないし、彼の撮る映画はまさしくリアリズムが基本をなしている。
洋画にしても邦画にしても、僕はリアリズム映画が好きなのだ。だけどリアリズムを嫌う人もいる。僕の友人のひとりはこう言っていた。
「映画館に行ってまで、自分の生活と同じような現実的なものを観させられたら、絶対に『カネ返せ』って言ってやる」
友人ではないが、せめて映画のなかだけは、自分の世界とはまったく違うものを観たいていう気持ちもよく理解できる。それが娯楽というものだ。
あるとき某現代作家と話をしたときに、「どんな映画がすきですか」と聞かれたので、「中途半端なのは嫌いです」と答えた。
「リアリズムか娯楽か。その中間はありません」と。
彼はこんな質問もした。
「高田さんにとって文化とはなんですか」
またつまらない質問しやがって、思いながら、こう答えた。
「私にとって文化というのは文化鯖のことです。私は文化鯖が大好きです!」
絶句したその作家は、二度と質問をしてこなくなった。
僕はリアリズム映画も娯楽映画も好きだが、そのどちらかに徹底されていない中途半端な映画は嫌いである。それともうひとつ嫌いなのが、含みのなさすぎる映画だ。
たとえに品がなくて申し訳ないのだが、人が小便やうんこをしているシーンは誰も見たいとは思わない。せっかくカメラを回すのだったら、小便やうんこに行きたくなるときの心理状態を映せはいいのだ。トイレに入るまでのいきさつ、たとえば我慢してモゾモゾしているところとか、だんだん青ざめて冷汗が出てくる様子とかを撮れば、おもしろいものができると思う。
今の最新技術を駆使して映像を斬新に見せる方法というのはいくらでもあると思う。が、大事なのは人になにを訴えたいかだ。その訴え方に含みがなさすぎると感じているのは僕だけだろうか。それは真ん中の過程がない双六のようなものである。スタートしていきなりゴールしてしまうのでは、なにもおもしろくない。ゴールに行き着くまでに、行ったり来たりするからおもしろいのだ。 
映画は、一度はまると病みつきになってしまうようなところがある。今も観たいと思っている映画はたくさんある。最近は小さな劇場がたくさんできていて、良質のいろいろな作品が上映されていると聞く。そういう映画を観にいきたい。観にいきたいのだが、映画館に行くのは面倒くさい。困ったものである。