「民法:後遺障害逸失利益についての定期金賠償の可否・終期 - 早稲田大学教授山城一真」法学教室11月号 から

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民法:後遺障害逸失利益についての定期金賠償の可否・終期 - 早稲田大学教授山城一真法学教室11月号 から

最高裁令和2年7月9日第一小法廷判決

【論点】
①交通事故による後遺障害逸失利益につき、定期金賠償を命じることができるか。②これができるとして、被害者の死亡時をその終期とする必要があるか。
〔参照条文〕民416条・417条・709条・722条

【事件概要】
X(事故当時4歳)は、道路を横断していたところ、Yが運転する大型貨物自動車に衝突される交通事故に遭った。その後、Xには高次脳機能障害の後遺障害が残り、労働能力を全部喪失した。そこで、Xは、Y、加害車両の保有者(自賠3条)およびその保険会社に対して、就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月までの間に取得すべき収入額を、その間の各月に、定期金によって賠償することを求めた。原判決がこれを認容したのに対して、Yらが上告受理申立てをした。
【判旨】
〈上告棄却〉(i)「被害者が事故によって身体傷害を受け、その後後遺障害が残った場合において、労働能力の全部又は一部の喪失により将来において取得すべき利益を喪失したという損害......は、不法行為の時から相当な時間が経過した後に逐次現実化する性質のものであり、その額の算定は、不確実、不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に行わざるを得ない」。「不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり、また、損害の公平な分担を図ることをその理念とする」から、「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となる」。
(ii)上記逸失利益について一時金賠償を求める場合には、「その後に被害者が死亡したとしても、交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、同死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではない〔最判平成8・4・25民集50巻5号1221頁等〕」。定期金賠償も「交通事故の時点で発生した1個の損害賠償請求権に基づき、一時金による賠償と同一の損害を対象とする」。また、上記特段の事情がないのに、事故後の被害者の死亡によって賠償義務者がその義務を免れるとすれば、定期金賠償の場合にも「衡平の理念に反する」。したがって、「上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当たっては、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを要しない」。

【解説】
1 本欄では、本判決が提起した実体法上の問題を検討する。要点は二つある。
第一は、交通事故の後遺障害による逸失利益の賠償につき、定期金賠償を採用することの可否である(判旨(i))。本判決は、当事者がこれを請求する場合につき、「損害の回復」「損害の公平な分担」といった目的・理念を参照しつつ、後遺障害による逸失利益が、不法行為の時以後に逐次現実化する性質のものであり、その額を賠償請求時に確定的に算定することが困難であることを理由として、これを認めた。以上の説示は、実務上の疑義を解消した点に主な意義をもつ。
第二は、これを認めるとして、就労可能期間の終期より前に被害者が死亡した場合に、死亡の時点を終期とすることの要否である(判旨(ii))。本判決は、これを否定した。一時金賠償に関する判例を(判旨所引の平成8年判決を参照。これに対して、最判平成11・12・20民集53巻9号2038頁は、介護費用につき反対の立場を採る)、定期金賠償について踏襲したものである。
2 損害賠償請求権のように、数額の確定によってはじめて給付の目的が定まる債権については、①債権発生の認定、②その数額の確定という二段の問題が各別に生じる。①は権利発生段階、②は権利行使段階に属する問題といえるであろう。
本判決は、①につき、損害賠償請求権は、身体傷害という事実の発生によって生じるとみて(この問題につき、窪田充見「定期金賠償の課題と役割」ジュリ1403号〔2010年〕54頁)、これについては、賠償方式のいかんにかかわらず等価の賠償が賠償が認められるべきであるとの理解に立つ。そうすると、被害者の死亡は、定期金賠償の場合にも、賠償額の算定に影響を与えないとみるべきこととなる。ただし、等価といっても、一時金賠償を選択すると中間利息が控除されるから(現417条の2)、賠償額の総額等に差異が生じる(一時金賠償のほうが総額は小さくなるが、その反面、定期金賠償の場合には、履行確保の困難や、将来における加害者の資力悪化のリスクが生じる)ことには注意を要する。
また、②につき、債権の数額が時間の経過とともに具体化される性質をもつときは、定期金賠償の選択を相当とすべきであるとする。もっとも、その判断枠組は明らかではなく、本判決は、法の「目的」「理念」を手がかりとして示すにとどまる。この点の解明は、今後の課題といえる。
3 なお、本判決には小池裕裁判官の補足意見が付されており、民訴法117条による判決の変更をめぐる問題が主に検討されている。