「発想が効いたこの一句 - 西池冬扇」角川俳句10月号

「発想が効いたこの一句 - 西池冬扇」角川俳句10月号

冬銀河この身の浮いて行くところ
◆「あわい」の世界へ
冴え冴えと晴れた冬の夜、寒さの中でも思わず銀河の美しさに立ち止まることがある。しばらく見つめていると頭上の銀河は広がり、あたかも自分が宇宙の微塵となって彷徨っているような感じることがある。寒さも感じない。ゆったり心地よく変化する旋律と和音に包まれてしまった不思議な浮揚感。現実の空間との「あわい」に此の身が滑り込んだ瞬間なのだろうか。
◆俳句はイメージだ
ジョン・レノンの「イマジン」という有名な曲がある。「想像してみよう」と人類愛や平和を呼びかける歌だ。想像とは実在の有無を超えて心に思い描くことである、たぶん人間だけが自分の意志でイメージを思い結ぶことができるのだて思うと、イメージはきわめて人間的行為だ。人間はイメージすることで別の次元の世界にワープすることができる。
特に俳句に於いてイメージは最も重要な精神作用である。客観写生句であれ、人間を探求する句であれ、社会的課題の句であれ、全ての句は読者にイメージを喚起させる。良い句はイメージの喚起力の強い句である。俳句は読者にイマジンと呼びかける行為である。
◆「あわい」から発想する
「自然と人間」「命とモノ」「理と情」「聖と俗」「身体と魂」等々、人間は周囲の時空を二項対立の中で考え、またどちらかに偏りやすい。
虚と実という言葉がある。実の世界は日常私たちが五感で認識する此の世で、虚の世界はイメージでつくりだす彼の世である。いまこの両界を隔てているのは障壁のようなものではなく、「あわい」の世界と捉えることも可能である。「あわい」には両方の世界にはない不思議な力を感じ高みに導かれる場がある。
人間以外の生物に同化して猫や松になって観る。地球外の宇宙空間から地球を眺めてみる。また時を超越して観る。いわば「あわい」の世界からの発想である。「あわい」の世界へワープする切符は俳句である。