「裁判員裁判対象事件からの除外 - 明治大学教授駒澤睦」判例教室2021年10月号

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裁判員裁判対象事件からの除外 - 明治大学教授駒澤睦」判例教室2021年10月号

阪高裁令和2年10月27日決定
【論点】
裁判員裁判の対象事件から除外され、裁判官のみの合議体で取り扱われるのはどのような場合か。
(参照条文)裁判員1条・3条1項、暴力団15条の2

【事件の概要】
本件の基本事件は、指定暴力団A組員X及びYによる指定暴力団B組員Vに対する殺人未遂被告事件である。公判前整理手続において、検察官は、双方の構成員が所属組織に有利な認定がなされるように裁判員接触して働きかけたりするおそれがあり、裁判員法3条1項所定の要件があるとして、対象事件からの除外を求めた。
原決定(神戸地決令和2・9・23)は、3条1項に規定された「生命、身体若しくは財産に危害が加えられるおそれ」等の「おそれ」は、単に抽象的な可能性ではなく、具体的に認められことが必要とした上で、少なくとも現時点においては、裁判員等に対する加害等のおそれが具体的なものであるとまではいえないなどとして、検察官の請求を却下した。これに対し、検察官が即時抗告した(3条6項)
【決定要旨】
〈取消し(確定)〉原決定を取り消し、基本事件を裁判官の合議体で取り扱う。
「『おそれ』について過度に高い可能性を要求していると思われる......〔などの〕点で、原決定には賛同できない。
裁判員制度は、国民が裁判員として対象事件の裁判に関与することによって、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図る制度であるから(裁判員法1条参照)、対象事件からの除外はもとより慎重に判断されなければならない。他面、裁判に参加することによって、裁判員等の生命、身体、財産への危害等が及ぶ懸念が存し、その懸念が一般的・抽象的なものと言い切れない場合にまで、裁判員等としての参加を求めることは、一般の国民に過度な負担を求め、裁判の公正を害することにもなりかねないため、対象事件からの除外を認めたのが、裁判員法3条1項の趣旨と解される。上記の『おそれ』が具体的なものであることを要し、何らかの具体的事情により認められる必要があるといわれているのは、裁判員等に過度の負担を求めることとならない一般的・抽象的な懸念にとどまる場合にまで、これに当たるとされないようにする趣旨と考えられる。」
【解説】
1 裁判員制度の対象事件は、地方裁判所の刑事通常第一審事件のうち一定の重大犯罪に限られる(裁判員法2条1項)。全ての刑事裁判に国民が参加するのは不可能であるため、国民の関心が高く社会的影響が大きいものに絞られた。裁判員裁判は、近年は年間1000件強で、地裁刑事通常第一審事件の1.6%前後である。
対象事件は原則として裁判員裁判による(2条1項柱書)が、裁判員等に危害が加えられるおそれ等がある場合(3条)と審判が著しく長期にわたる見込み等の場合(3条の2)、例外として裁判員裁判の対象から除外され、裁判官のみの合議体で取り扱われる。3条1項による除外の要件は、(a)被告人の言動等の事情により、(b)裁判員等に危害を加えられる等の「おそれ」があり、(c)そのため裁判員等が畏怖して公正な裁判員裁判の実施が困難である、と要約できる。本件では、この除外制度の趣旨、それを前提とした除外要件の解釈(特に「おそれ」の程度)とその該当性判断が問題となった。

2 除外件数は近年は年間1桁で推移しており、数字上は除外要件とその該当性判断は厳格である。個々の下級審判例も、除外要件は抽象的ではなく具体的に認められることを要求する。学説も、被告人が組織的犯罪者集団の一員であるというような事情だけでは足りず、より具体的な事情と具体的な状況を求め、裁判員等が漠然とした不安を抱いているに過ぎない場合は該当しないとする。
本決定は、除外要件とその該当性判断の具体性に言及し、それを否定していないため、従来の下級審判例や学説の立場を基本的に維持しているといえる。他方で、本決定は、「おそれ」に「過度に高い可能性」を要求せず、具体性を求める趣旨は「一般的・抽象的な懸念」を除外の対象としないところにあると強調しており、実務に対する注意的説明として意義がある。
3 本決定は本件が3条1項の除外要件に該当すると判断した。(a)具体的事情につき、対立抗争状態が激化している点、両組織の規模や性格から各構成員が統制のとれた合理的な判断・行動をとるとはいえない点、裁判員等がこれらの構成員等と生活圏を共通にする可能性が高い点を指摘する。これらを前提に、(b)「おそれ」につき、「両組の構成員や周辺者等が基本事件の公判傍聴等の機会に接近すること等で、突発的なものを含め暴力やいさかい等の紛争を生じさせたり、市中において裁判員等に接近して働き掛けを行ったりする危険を拭い去ることはでき」ず、また、「両組の関係者は極めて多数で、相互に反目・怨恨等の感情も相当強いものと見られ」たため、「上記危険は具体的根拠に基づいた軽視できないもの」とする。そして、その危険は「裁判所敷地内あるいはその周辺にとどまらず、裁判員等の普段の生活の場においても現実化し得るものであることからすれば、裁判所が裁判員等の安全確保のために考え得る最大限の措置(関係機関等の協力を得て実施するものを含む。)を講じたとしても、これらの危険を完全に除去することは著しく困難」とする。(c)困難性につき、「一連の紛争等が広く報道されていること」を指摘する。
裁判員等への危害等のおそれに対しては、除外制度に加え、裁判員法上も保護手段・罰則等がある(101条以下、106条以下等)ほか、必要に応じて入構者への厳重な所持品検査や裁判所内外への警察官の配置等も行われる。しかし、万全な保護状態を継続するのは困難である(裁判員への声かけによる請託罪・威迫罪につき、福岡地判平成29・1・6判時2348号17頁・19頁)。さらに、要件(a)がある程度具体的に例示されていること(3条1項:暴力団等の場合、「被告人がその構成員である団体の主張もしくは当該団体の他の構成員の言動」が想定され、定義上も暴力等を前提とする〔暴力団2条・15条の2〕)等を考慮すると、例示された具体的事情(特に暴力団等)がある場合、特段の事情がない限り、(b)「おそれ」や(c)困難性を認めるべきである。他方で、裁判員裁判を行う場合には、裁判員法1条からも、裁判員等が不安を解消するための説明も重要となる。