(巻三十二)いささかの貯へもあり年の暮(石川つや)

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(巻三十二)いささかの貯へもあり年の暮(石川つや)

2月25日金曜日

天気はよい。気温は12度まで上がると伝えている。4部屋の掃除機がけと毛布・布団干しを致す。

いざ脳を拘束せねばという時のために携帯麻雀は控えた。

散歩日和かと歩きはじめたが中川の土手を歩くほどの好条件ではなかったので都住、図書館、曳舟川、駅前のコースを採り、都住の苦労猫に一袋振る舞う。だいぶ近寄るようになった。曳舟川公園では保育園児の遠足を見掛けた。駅前ではWi-Fiを入れている串焼き本舗で一息した。金曜日の午後ということでテーブル席には3ペアいたが、皆さん女同士で母娘と見受けられた。携帯麻雀をしながら焼けて来るのを待つのはまあよいが、呑み食べしながらのゲームはやはり止めた方がいいようだ。“毎度どうも!”と送り出されて、亀有銀座を二丁目の路地に向かう。途中の古着屋で帽子を一撮した。彼奴が古着を嫌がるから我慢したが、500円で良い物が手に入るようだ。そして終着点の生協に入る。無洗米2キロの命を受けていたが、2キロの在庫がない。5キロはふんだんにあったから、繋ぎが悪かったのだろう。ほかに自分用の備蓄麺を買う。これらが今のところ吾が輩の好み麺である。

願い事-生死直結でお仕舞いしてください。

今日の句は4年くらい前に書き留めたと思うのだが、そのころは共感して書いたのだろう。しかし、その後の激変はすっかり目論見を狂わせ、この先の安心とか保障というものは霧消してしまった。世は無常だ。

過ぎ去つてみれば月日のあたたかし(山田弘子)

と振り返ることになるのだろうか。せめてもの慰めは老い先短いということだ。