「手続遅延による少年法不適用と量刑 - 明治大学教授黒澤睦」法学教室2022年2月号

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「手続遅延による少年法不適用と量刑 - 明治大学教授黒澤睦」法学教室2022年2月号
東京高裁令和元年11月26日判決
【論点】
手続遅延により成人に達して少年法52条の不定期刑が適用されなくなった場合、量刑にどのように影響するか。
〔参照条文〕自動車運転致死傷2条、少52条
【事件の概要】
被告人は、①平成28年10月18日(当時18歳2か月)に、危険運転により自車をガードレールに衝突させ、同乗者Aに傷害を負わせ、同乗者Bに傷害を負わせて死亡させた。②平成29年4月20日、警察官が事件を検察官に送致、③同年10月30日、検察官が家庭裁判所に送致、④平成30年3月23日、家庭裁判所が検察官への逆送決定、⑤同年6月12日(当時19歳10か月)、検察官が公訴提起、⑥原審裁判所で公判前整理手続が続けられ、その間の同年8月に被告人が成人し、令和元年6月13日、同裁判所で判決が宣告された。
弁護人は、捜査機関及び家庭裁判所の重大な職務怠慢による違法な手続遅延のために少年法が適用されず、不定期刑を受けられないなどの不利益があり、これを考慮しなかった量刑判断は不当であるとして控訴した。
【判旨】
〈控訴棄却(上告)〉②から③まで約6か月、④から⑤までを合計して9か月近く要した点は正当化する事情がなく、検察官の事件処理は「著しく不適切なものであった」。
③から④まで5か月近く要した点は「何よりも問題」である。「少年法は原則として処分時主義を採り、審判の迅速性は成人の刑事事件以上に求められている上、可塑性に富む少年に対する時機を逸しない適切な処遇という観点も考慮する必要があるところ、少年事件の専門機関である家庭裁判所少年法の上記趣旨を具現化する役割を担っている」。「被告人が少年法の適用を受けられなくなるという不利益を被らないように、極力迅速な処理をしなければならない立場にあったのに、そのような職責を果たそうとした形跡は見当たら」ない。家庭裁判所の事件処理は「極めて不適切なものである」。
「なお、事件処理上の問題を量刑事情として適切に考慮するのに必要であるのは、その問題の大小であって、違法かどうかの評価は不可欠のものではない。」
「担当検察官及び家庭裁判所の不適切な事件処理によって手続が大幅に遅延した結果、被告人が裁判員裁判において少年法の適用が受けられなくなった可能性があり、それによって現実的に想定される不利益は、少年に対して有期の懲役刑をもって処断すべきときは不定期刑を言い渡すとする少年法52条の適用をうけられなかったことである。」
少年法の適用が受けられなくなった不利益を量刑上考慮できるとする立場に立ったとしても、このことは責任主義とはまったく関連性のない一般情状に属する事柄であるから、刑期を大きく軽減するような事情にはなり得ず、考慮するにしても限度のある事情というべきである。」
【解説】
1 少年法52条は、「少年」に対して有期の懲役又は禁固の実刑をもって処断すべきときに不定期刑を言い渡すことを求める。52条が適用される「少年」は「20歳に満たない者」をいう(2条1項)。少年法における年齢判断の基準時は、原則として行為時ではなく当該処分の判断を行う時点とされる(処分時主義)。理由として、18歳未満の者に対する死刑・無期刑の緩和を定める51条の「罪を犯すとき」という文言との対比や、調査・審判により20歳以上であることが判明した場合に保護処分ではなく検察官送致(年超検送)が行われること(19条2項・23条3項)が挙げられる。
なお、令和3年の少年法等一部改正法(令和4年4月1日施行)により「特定少年の特例」が設けられた。「特定少年」は「18歳以上の少年」をいい(改正62条1項)、52条等は適用されない(改正67条4項。52条に係る部分は施行前の行為に原則不遡及〔改正附則4条〕)。したがって、改正法施行後も本件と同様の問題が18歳という年齢をめぐって起こりうる。
2 少年保護手続の迅速性の要請について、最決平成20・7・11刑集62巻7号1927頁は「早期、迅速な処理が要請される少年保護事件の特質」を指摘する。学説も、可塑性に富む少年への時機を得た有効・適切な処遇の要請や、処分時主義による時間的な制約などから、成人の刑事事件以上に審判の迅速性が要求されるとしてきた。本判決もこの考え方をとる。
3 手続遅延による不利益として、本判決は52条の適用を受けられなかったことを挙げる。同条の不定期刑は、少年の人格の可塑性を考慮して教育による改善更生の期待から処遇に弾力性をもたせる制度である。不定期刑の本質が刑罰であり、刑罰は行為責任の範囲内で一般予防と特別予防を達成するとの考え方から、不定期刑の長期は行為責任の上限を画し、短期は可塑性に富む少年に対する教育による改善更生の可能性が考慮される(52条2項参照)との理解が有力である。この短期が設定されない点が本件で最大の不利益にあたる。
4 量刑事情としての情状は、「犯情」(犯罪事実自体とそれに関係する情状)と「一般情状」(犯情に含まれないその他の情状)に分けられる。この分類によれば、手続上の不利益(手続遅延、52条不適用)は犯情ではなく一般情状にあたる。また、量刑判断は「責任主義」すなわち「行為責任の原則」を基礎とするとされており、一般情状に該当する事情は、刑罰に匹敵する大きな不利益でない限り、原則として量刑を大きく軽減する事情とはならない。なお、手続の違法を量刑に反映させることには争いがあり、通常想定される不利益を超える不利益そのものを量刑上考慮しようとする考え方が有力であり、本判決もこの考え方に近い。
本件で仮に手続が迅速に進められ52条の不定期刑が適用されたとしても、長期が行為責任の原則を基礎とすることを前提にすると、成人の定期刑の量刑と本質的な差異はない。他方で、短期によって得られる利益が成人でも認められる仮釈放と比較してどの程度大きいかを見積もり、それを宣告する定期刑に適切に反映させるのは困難を伴う。立法論としては、少年時に犯した罪に対する刑事手続が成人(及び特定少年)に行われる場合は不定期刑を選択できる制度とすることが考えられよう。