(巻三十五)厄介な素数なりけり西瓜切る(大矢恒彦)

(巻三十五)厄介な素数なりけり西瓜切る(大矢恒彦)

1月11日水曜日

北側の窓のそばは特に寒いと思う朝だ。

北向の窓広くしてなほ寒し(拙句)

と捻り顔本に載せた。判る人には判る名句で、判る人からはすぐに“いいね”が来たが、判る人は少ない。

朝家事は洗濯。洗濯日和になった。

長谷川さんが職を退かれたことを知り、遅まきながら御厚情に多謝いたした。S社の近況などマリさんに教えてもらったが、皆さんお元気のようで御同慶のいたり。

昼飯喰って一息入れて、散歩に出かけた。コンちゃんは満腹で起き上がらず。クロちゃんは走り寄り、サンちゃんは不在。ウエルシアに寄り安酒とクズピーナッツを買い帰宅。

リンクトインへの投稿原稿を消しそうになり、慌ててバックアップを作るとともに、月刊進行中を載せた。

願い事-涅槃寂滅、酔生夢死です。

昨日今日と、

「透析拒否 - 団鬼六」自伝エッセイ-死んでたまるか から

を読んだ。

作家デビッド・ロッジ(David Lodge)は小説を読むことの効用の一つに人生の予習があると言っている。確かに!恋愛小説、官能小説、歴史小説経済小説、社会小説、心理小説、家庭小説、不倫小説、晩年小説、老後小説、懐古小説、念仏小説と読んできて、と云うか随筆を読んできた。予習科目は死ぬときのことぐらいになったが、ここ二日は関心事の透析拒否について官能小説でお世話になった団鬼六氏のお考えを拝読し予習いたした。「欲望が叶わなければ生きている意味はない。」が骨子か。

団氏は透析を最後は受けたが延命2年ほどだったのではないか?先生ご壮健の頃に俳優の渥美清さんと人生を語り合ったことを記したエッセイを思い出し読み返した。

「幽霊の正体 - 団鬼六講談社 快楽王団鬼六 から

はえたたき握つた馬鹿のひとりごと(風天ー渥美清)

「幽霊の正体 - 団鬼六講談社 快楽王団鬼六 から

当時(昭和四十九年頃)、月に一度か二度ぐらい、幽霊見舞いという名目で、目黒の鬼プロ事務所に夜になってから遊びに来ていた渥美清は、近所の人達が引き上げたあと、ぽつりと私にいった。

「こうして賑やかに怪談千一夜をやっていると、幽霊の方だって気恥ずかしくて出てこられないんじゃないかな。僕だって一度ぐらいその噂の美人幽霊というものにお眼にかかってみたいもんだ」

というから、

「来週の土曜日の丑[うし]三つ時、ここへ来てくれたら渥美さんだけにはこっそり呼び出して紹介するよ」

と私がいうと、彼は喜んで、何とか都合をつけて出てくるよ、といったが、すぐにギョッとした顔つきになり、眼をパチパチさせて私を見た。

「その時、幽霊を呼び出すって、ほんとに出来るの?」

渥美さんはSMには大して興味を示さなかったが、幽霊の存在を信じ、興味を示す方だった。しかし、私が自在に幽霊を呼び寄せる事が出来る超能力者であるとは信じられないようである。

私は笑って、その幽霊の正体を渥美さんにばらした。

白いブラウスに黒のスカートという女の幽霊の正体は私が社員の大谷の斡旋で獲得した愛人・吉田敏江だった。女子大生の幽霊が出るという噂が立ったものだから、夜中に私の家へこっそり出入りするようになった吉田敏江に、幽霊の目撃者が語る白いブラウスに黒のスカートで衣装を統一させていたのである。だから寿司屋の出前持ちが見て、近所に吹聴して廻った幽霊の正体も吉田敏江であった。

世間体から見ても、夜中に女が出没するより幽霊に出没される方が何となく恰好[かつこう]がいいと私なりに考えたのである。

「そういうからくりがあったのか。あんたもなかなか隅に置けない人だね」

といっと渥美さんは笑った。

当時、谷幹一関敬六達と一緒に遊びに来ていた渥美さんには、人生相談に乗ってもらった事が幾度もあった。

私は酒が入ると、当時の自分の心境を愚痴っぽく渥美さんにこぼした事があった。それは元々、舞台の演出家志望であったのが生活のために田舎中学の英語教員になり、インチキ英語を駆使しテレビ洋画の翻訳部に入社し、次にピンク映画のシナリオライター、自分の好色加減を再確認して次にSM作家となり、それだけでは飽き足らず、性倒錯者達を対象にしたSM雑誌を発刊するにまで至った自分の略歴を彼に語って、そんな自分に最近、コンプレックスを抱くようになったといった。

「女房なんか、どうしてあなた、文学をやらないの、と私を小馬鹿にしているようなんです」

と、私が愚痴っぽく語ると、渥美さんは笑って、

「文学作品とか芸術作品といったものは別にあなたがやらなくたって、この世にやる人はワンサといますよ」

というのだった。

あなたが文学小説を書いたって恐らく売れないでしょう。しかし、SM小説を書いたら売れるという事ははっきりしてます。それなら、ためらわず売れるSM小説に徹すべきだと思いますね、と渥美さんはいった。

「正直いって、僕だって寅さん映画が売れるから次から次に出演しているんです。そんな役者でいいのかと自分で疑問を持った事は何度もあります。自分の可能性を自分が狭[せば]めているんじゃないかと思いました。しかし、役者とは大衆に支持されるものなら、どんどん出演すべきだと思います。大衆に悦ばれ、支持されるものに出演するという事、これは役者冥利に尽きるものです」

目黒のお化け屋敷で渥美さんに、自分が好む、好まないにかかわらず、お客が悦んでくれる限り、SMものをどんどん書け、と意見された言葉は、今でもはっきりと耳の底に残っている。