「寄席の今昔 - 三遊亭圓生」日本の名随筆別巻63芸談 から

 

「寄席の今昔 - 三遊亭圓生」日本の名随筆別巻63芸談 から

 

あたくしどもが教わりました時代には、稽古というものがずいぶん厳しゅうございまして、初心のうちにこういう噺をしてはいけないとか、いろいろ喧[やかま]しいことをいわれました。どうしてそんな、うるさいことを言うのかと思いましたが、大きな噺を演[や]りますと、やはりそれだけ人物もよけいに出るし、場面も複雑になってきて、なかなかしゃべりにくいんでございます。だから、それは相当の腕にならなければ出来ないわけなんですが、それをも初心のうちに、とかく演りたがるんですな。
何とかして、ああいう大きな噺を演ってみたいという・・・俳優さんでいえば、まだ演技もろくに出来ないのに大きな役を演りたがるのと同じことでしょうね。それがどうしていけないのかというと、いってみれば自分の力にもない大きな荷物を担[かつ]いで歩くようなものなんですよ。足元がひょろひょろしてる。ちょいと後ろから突っつかれりゃ、荷物と一緒に自分[てめえ]が転んじまう。だからもっと軽いものを、担げるものを担げ、というわけなんです。そのうちに、だんだん力がついてくれば、それに応じて重い荷物も担げるわけなんですけれども、とかく初心のうちほど、大きなものを演ってみたいんですね。
あたくしもね、演ったことがありますが、途中で、もう自分ながらどうにもならなくなっちゃうんです。お客様が迷惑そうな顔をして聞いているんで自分でもよそうかと思うんですが、よすわけにいきませんしね。もう始めちゃったらしようがない。ああいう大きな噺は二度と演るもんじゃない、なんて、自分でもこりごりしたことがあります。
昔と現在[いま]とでは、お客様ががらっとちがっていますね。いまの人は常識人が多いせいでしょうか、お世辞がよくてね。昔はずいぶん無遠慮な人がいてね。「あーあ」なんてあくびをされたり、「もういいよ、おりろ、おりろ」なんて、中にはひどいのがいて、何かぶつけらるたりしましてね。
昔はつなぎといいまして、一度演ってもあとが来ないときには、おりるわけにはいかないんです。
それは、われわれがよく羽織を着て出ますが、その羽織を脱いで、こうほうりますと、前座がこの羽織を引くわけですが、引くというのはつまり、脱いだ羽織がなくなるわけです。すると、これは、後が来ましたという信号[あいず]なんですね。だから、ただかっこうをつけて羽織を脱ぐわけじゃない。ひとつの信号になっておりましてね。ヒョイとこう横目でみると、羽織があればおりられないわけなんです。後が来るまでつないでいなければならないんですが、その継ぎ方にもいろいろありまして、一つの噺を切ってしまって、「後がまいりませんから、もう一席申しあげます」といって演るのもあります。
それで来てくれりゃいいけれど、まだ来ない場合、そうするとまた別の噺をする。こういうのを芋つぎといいまして、仲間に対して不名誉な話なんです。つまり、腕がないというわけですね。本当に腕のある人ですと、ヒョイと横を見て、まだ羽織があるってえと、普段は演らないような噺をとっさに、いましゃべっている噺の中に入れるわけです。それにはやはり、広く噺を聞いておぼえておくとか、ふだんの心がけですね。芋つぎには違いないけれども、それを切ったとみせないで、ずっと次から次へとつなげていっちゃうんですね。そういうことは簡単だ、と口では言いますけれどね、とっさのときにはなかなか出来ないものです。高座へ上がってなかなか後が来ない、そういうときの、このつなぎにはじつに涙ぐましい話もたくさんありました。

いまはもう、そういったかけ持ちてえのはありません。昔は、何軒も何軒も席から席へかけ持ちといいまして、まわって歩きます。だから、後がうまくくればいいけれども、なにかひどい雨が降ったとか雪が降ったとか、事故があったとかの場合に、穴があくということがよくありました。そういうときに、腕のある人とない人ってえのが、はっきりわかるんです。
昔は、前座の中でも少し噺が出来てくると、無理に穴をあけるってやつがいたんですな。羽織がすっと引かれたから、おりてくると後が来ていない。すると、「よろしゅうございます。あたくしが上がりますから」なんてね、無理やり穴をあけ、自分の出番をこしらえて上がるんですよ。ですが、これは自信がないと出来ません。おれはここで上がっても大丈夫だという自信ですね。
そういう手を使って上がって、演ってると、後へ来たやつがそこで聞いていて、「うん、こいつ前座にしちゃ出来るじゃねえか」なんてんで、認められて、これなら二ツ目にしてよかろうてんで、前座から二ツ目になれるってこともあるわけですね。それがためにわざわざ穴あけたなんてのがいたんですよ。いまはそんなことはありませんが・・・。
出物帳を、われわれは楽屋帳と申しますが、これは上がった順に名前をつけるんですが、ありゃ前座の役目なんでして、その上へ噺の題名をつけてゆくわけです。ですから、演者はまず、上がる前にそれを見る。われわれは何を演るってえのは全然決まっていないんで、その晩の自由なんです。特殊の会になりますと、題名が書いてありますがね。それだと具合がわるいことがあるんです。というのは、題名が出ているからその通り演ろうとすると、客席の感じが見たところ、全然違っている場合があるんですね。いつかも弱りましてね。放送のときでしたか、『廓の穴』という噺なんですが、あたくしが出ますと、中学生ばかりなんですよ。そこでお女郎買いの噺なんてねえ・・・。
ですからそういう場合に、題名が出ていなければ、中学生にわかる程度の面白い噺を演ることが出来ますから、だから寄席には題名がございません。
いまは高座へ名札が出ますけれど、昔はそんなものはありませんで、寄席に行って初心の人などは、何という名前の人なんだかわからないんですね。まことにずぼらな話のようですけれども、まあそうやって見ているうちに、お客様のほうもいろいろとおぼえてゆくんですよ。

いまは寄席も時間割りで、一時間にだいたいは四人[よつたり]づめですから、一人が十五分ですね。けれども、十五分正味は演れないわけです。というのは、おりてくる、そして次が上がる間に、三味線を弾いて出囃子がありますので、こういう時間がみんな切られてゆく。だから放送局みたいに十四分何秒とか、やかましいことを言います。
昔はそんなものはありませんしね。しかし、時間てえものに非常にずぼらなようでいて、それでじつにびっくりするようなことがあるんです。
時計を出してみますと、みな時刻が違っていることがあります。いま何時です、ってえと、
「七時です」
「あたしの時計は八時です。たしか大丈夫だと思うんですが」
「いや、あたしのもだったらしいなんです」
「そうかねえ・・・じゃ、中をとって七時半にしましょう」
なんて、なにも時間の中をとらなくったっていいのに、でもそこんところが噺家らしゅうございますね。持っている時計も怪しいもんでして・・・・。それでいて演る時間てえのが、おおよそ決まっておりました。今夜はどれぐらいだってんで聞くと、前座が十五分なら十五分という。すうっと上がって、時計も何も見なくっても十五分ぐらいしゃべったのが勘でわかるんです。それから前の人が短かったなと思うと少しのばし、前の人が長かったなと思うってえといくらか縮めるといった具合に-。
それから出番付というもの、これは昔の寄席にはございませんで、誰がどこの席にあがるかってえこともついていないわけです。かけ持ちを何軒もしますから。
「ふり出し」というのは、いちばん先の席のことをいいます。こりゃ、すごろくから出た言葉でしょうね。そこへ行きますってえと、五人なり六人なり、いろいろな人が集まって、ここで、出番をどういうふうに上がってゆくかを決まる・・・合議制ですね。そこへ来た人が勝手に決めるわけで、
「あなた、これから何処の席へ行くの?」
てえと、
「これこれへ行って、あっちへ回って・・・」
「それじゃ遠いねえ。足順が悪いから、あなた、先へお上がんなさいよ」
てなことで決めたりいたします。
けれどもその人の身分によって、そうもいかないこともあります。真打やなんかになりますってえと、お客様がまだこれから来るってえときに、そんなに早く上げるわけにはいかないわけですよ。だからそこは合議制で、あなた早すぎるからもう少し待って、なんてね。
それで一晩やりまして、二日目に、寄り合いってえのがありましてね。噺家がみな一つ所に集まって、夕べはどこどこにいたんだけど、すきぎれになったとか、あすこの席は少し混みあっていたとか-。じゃ、あそこは二軒目に回ったけど、三軒目にして、こっちを先へやっちゃおうとか、はたからみると何だか、すごくでたらめな商売をしているように見えますが、それでいてうまくゆくんです。
それから、いまは十日の興行でございますが、昔は半月、半月でした。一日から十五日までが上席[かみせき]。十六日から三十日みそかまでが下席[しもせき]といいまして、いまよりは興行期間が長かったんです。昔は十五日やらなければならないので、だから二日目に自分の出番が決まってしまうと、それでぴたっと決まって狂いません。抜く人・・・つまり欠席のない限りはうまくゆくわけですよ。それから時折は、気が向くと大看板の人が長く演る。長い噺を演っても人数はちゃんと出ているわけで、それだけ昔は融通がきいたんですね。
大看板が出て長く演ると、あと、上がれない者が出てくるんですよ。上がれないってことを、われわれはくうって申しますが、食ってしまうということですね。「今夜はのびたからあたくしはもういいでしょう」といって、引き下がり、「お前さん、もう上がらなくていいよ」となる。そうなりますと、帳面へ名前を書きまして、頭に小噺と書くんですよ。小噺ったってね、題名のない噺はありません。たとえば『廓の穴』とかね、ちゃんと名前がありますが、小噺っていうのは漠としている。これはつまり、上がらずに時間の調整をするんですね。
楽屋裏はそんなふうにくり合わせますが、お客様にしてみれば、下手なやつに上がられるよりもうまい人が長く演ってくれたほうがいいんですよ。ですから客のほうでは、かえってそのほうを喜ぶわけです。
ところが、いまのお客ってえのは、プログラムにのっている演者が全部出ないと、苦情を言うんですな。本当は上がらないほうかいいような演者でも、これとこれが上がらなかったってえと、何だか損をしたような気がするんですかね。
いまはそれだけ、お客のほうがわかっていないということですな。
昔は、下手な噺家なら上がらないほうを喜んだものです。というのも、お客様のほうに噺家に対して見識が高かったということでしょうか。