(巻九)風やんでより放心の冬芒(村上君代)

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12月1日火曜日

天王洲アイルで犬を散歩させている長身の美人がいた。(犬の名は“武蔵”と言うようで、この長身美人は犬を“ムーちゃん”と呼んることがその後分かった。)

寒晴やあはれ舞妓の背の高き(飯島晴子)

この寒い中、犬は散歩させなくてはというご主人さまの思い込みで、夕方のウッドデッキを武蔵は嫌々ながら歩き、ときには愚図って腰を引いているという風情であった。

長閑さや叱られている犬の貌(阪田昭風)


時々、犬と気が合うということがあるが、武蔵を追い越すときに目が合い、武蔵が足元にじゃれついてきた。
長身美人と話ながら、武蔵と遊ぶ。

犬を散歩させている人と会話するのは難しくない。まず、愛犬家に悪い奴は少ない。
犬を散歩させるだけの余裕を持っている。
犬を誉めていれば会話が途切れないし、自分の子供ではないから、見当違いの誉め方、例えばオスとメスとの間違え、をしても気分を害されるという危険が少ない。
視線が犬を向いているので対面会話ではなく、緊張感が出ない。

サングラス目線合わさぬ会話して(スカーレット)

元の会社には、犬を訓練して悪い奴らを捕まえる部署があり、訓練や見学者向けのデモンストレーションはいやになるほど見ていた。犬を喜ばせるテクニックは心得ている。
尻のポケットからハンカチタオルを出しておしぼりのように丸め、武蔵の鼻先につき出してみるとすぐに食いついた。

松茸や人にとらるる鼻の先(向井去来)

このタオルおしぼりは訓練ではダミーと言われる遊びの道具で、訓練犬が良い結果を出したときにご褒美の遊びに使われ道具です。
犬は美味しい餌よりも、本能を刺激されるお遊びの方がよっぽど嬉しいらしい。

酒止めようかどの本能と遊ぼうか(金子兜太)

武蔵とダミーの引っ張り合いをする。一度手に入れた獲物を逸するまいと、武蔵はダミーをしっかりくわえて踏ん張る。
しばらく綱引きをしてからダミーを離すと、獲物を仕留めた快感であろうか、前足で押さえて誇らしげである。

猟の犬金色となり立ち上る(伊部一郎)

僅かの間ではあるが、おもちゃ犬から狼に戻ったムーちゃんは、
“ムーちゃん、よかったわね!”と長身美人に声をかけられながらピョコピョコと去って行った。