「俳句旅枕ー渡辺誠一郎」角川俳句平成29年5月号から一部書き抜き(円谷幸吉遺書)

「俳句旅枕ー渡辺誠一郎」角川俳句平成29年5月号から一部書き抜き(円谷幸吉遺書)
 

芭蕉やたよ女の句碑がある須賀川十念寺の境内で、私が知るもう一人の円谷の名を墓碑銘に見つけて驚いた。それは、昭和三十九(1964)年に開催された東京オリンピックのマラソン競技の銅メダリスト、円谷幸吉である。円谷は、二位で国立競技場に戻って来た。しかしゴール直前でイギリスのヒートリー選手に抜かれ、銅メダルに終わる。円谷は、若いころから、走ったら後ろを振り返るな、と指導を受けていた。それゆえ、抜かれるまで決して振り返ることはなかったといわれている。当時私は中学生であったが、今も忘れられないシーンである。円谷は次のオリンピックを目指していたが、昭和四十三年一月、けがの回復の遅れや周りの期待の重圧もあって、自死するのだ。両親にあてた次の遺書には衝撃を受けた。



父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、モチも美味しゆうございました。/敏雄兄、姉上様、おすし美味しゆうございました。/克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゆうございました。/巌兄、姉上様、しそめし、南ばん漬け美味しゆうございました。/喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゆうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。/幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き有難うございました。モンゴいか美味しゆうございました。/正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。/幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。/父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が休まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。/幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。



韻文としての響きを放っている。食べ物に対する思いが殊の外印象的だ。食べ物の記憶を通して、命そのものへの思いが籠っているかのように思われる。言葉の一つひとつが、朴訥だが、肉声の生々しさが滲んでいる。川端康成は、この遺書を、「千万言もつくせぬ哀切である」と評した。また作家の沢木耕太郎は、『敗れざる者たち』のなかで、「呪文のような響き」、あるいは「土俗の魂が秘められている」とし、「遺書にはうらみつらみの一片もなく、ただ、『礼』と『詫』で終始している。円谷は最後まで『規矩の人』だった。円谷の生涯の美しさは『規矩』に従うことの美しさであり、その無惨さも同様の無残さである」と述べている。しかし、無残さは別にして、美しい死などはない。ただ死はいつも美しく装われるだけなのだと思う。

ふり向かぬゆえの命や雪しんしん(誠一郎)