「名古屋に多い“シブチン”男 - 石坂啓」日本の名随筆別巻54悪口から

f:id:nprtheeconomistworld:20210905130842j:plain

 

「名古屋に多い“シブチン”男 - 石坂啓」日本の名随筆別巻54悪口から

金にセコイ男が苦手である。嫌なタイプの男はもちろんいろいろあるけど、てっとり早いモノサシで言うとコレですね。金払いが悪く、セコク、みみっちく計算してる男とはあまりつきあいたくない(金がない男という意味ではない、念のため)。
誤解をおそれずに言うと、名古屋に住んでいるときにこのタイプが多かった。私は名古屋出身なので決して嫌って言うんじゃないけれど、セコイとかガツガツお金を貯めるといった積極的ケチというよりは、むしろシブチンと呼んだ方が適確かもしれない。あんまり財布の口を開けない......といったニュアンス。来るものは拒まず、そのあとは出してあげない......といった感じ。
昔テレビのクイズでやってたジョークだけど、ある三人が食事をしたあとで、東京の一人はミエッぱりなので三人分の代金を払おうとし、大阪の一人はさっさとワリカンの分だけ払おうとする。そのとき名古屋の人はどうするか?...  お礼のことばを考える、というのが答えだった。そうそう、とか情けない気もちで笑った覚えがある。もちろん名古屋の男だって、目のさめるような気っぷのいい男はいっぱいいる。でもまあもし数字にでも表せるのなら、賭けてもいいけど、シブチンタイプの割合は多い。街全体の空気がそうなのだから、私も特別ヘンだとは思わずにいた。むしろ上京した時などは、なんてまあ東京の男は人にごちそうしたがるんだろうと、驚いたものだった。
だから高校生の頃のデートなんていつもワリカンで、お茶をおごっつもらった覚えなんてほとんどない。そのボーイフレンドが車に乗り出した時も、いつも半分ガソリン代を払っていた気がする。総じてセコかったその彼と別れて半年ほどたった時、レコードを返してほしいと呼び出されたことがあった。彼にもらったつもりでいた「ツェッペリン」だった。
べつにズルく立ちまわってるわけじゃないだろうけど、なあんとなくサッパリしない名古屋の後輩もいた。昼飯をごちそうしてあげるとたいてい店で「カツ丼でいいです」と答える。私はこの「で」の字がいつもひっかかった。「カツ丼がいいです」と言わずに「カツ丼で」と言うと、もっと高いものもいっぱいあるけどボクはこれで......とまあ、一応遠慮しているふうに聞こえるではないか。そういうのは正しく「素うどんでいいです」と使ってほしかった。
でもまあこれらの例だって、単に私が実害をこうむったからグチを言っているようにきこえるなあ。彼らも今や、地道な堅実さでもってマイホームに住んでるんだろうから、向こうにしてみれば金にだらしない生活をしている私の方がおかしいというかもしれない。