(巻三十三)余れども雪にはたらぬ寒さかな(涼袋)

(巻三十三)余れども雪にはたらぬ寒さかな(涼袋)

6月30日木曜日

10時に寝れば2時、3時に一度目覚めるのは仕方あるまい。それから寝直せたので由である。

細君は生協に出かけて、10時に暑さから逃げ戻ってきた。

私も昼過ぎにゴミ集積場まで歩いたが、危険を感じたな。

郵便受けに降りたついでにフー子の定位置を見るとパトロン婆さんの自転車がある。雨が降ろうが熱射であろうが命を賭けて食わせている。

パトロン婆さんが頑張るならオイラもと都住3のサンちゃんにおやつを届けた。いつものところに侍っていたが、顔を見るとスクと立ち上がった。バテてはいないようだが、うまく粒を食べられず苛々していて、手を出すのでちょっと危険だ。

生協に寄ったが、照明、冷房ともにひかえているようだ。

今日は

《僕は青年の頃、与謝野鉄幹の詩、「友をえらばば書を読みて、六分の俠気四分の熱、妻をえらばばみめうるわしく情あり」という言葉に感じて、それをよく口ずさんだものだ。

大いに共鳴するところがあった。そして、「ああ、われダンテの鬼才なく、バイロン・ハイネの熱なきも、石を抱きて野にうたう、芭蕉のさびを喜ばじ」とつつけたものである。

ダンテの鬼才と歌ったのは僕の思い違いで本当は「コレッヂの奇才」であるようだが、どういうものか「ダンテの鬼才」と思い込んでしまっている。いささか、鉄幹先生には申しわけないと思うのだが、勘弁していただくことにする。

僕の無学?を嘲うことなかれ。それは、つぎにくる「石を抱きて野にうたう芭蕉のさびを喜ばじ」が、僕にとっては、より大きな共感を呼んでいたからだ。ダンテでもコレッヂでも、どうでもよかった。》

で始まる、

「「石を抱いて野にうたう芭蕉のさび」も身に沁みる - 奈良本辰也」日本の名随筆88石 から

を読んでいる。冷房はもちろん扇風機も使っていないが、汗がポタリポタリと落ちるということはない。

“妻をめとらば”と誤って覚えていたらしいが、どうやら身ぐるみ剥がれて召し捕られてしまったようだ。早く消えてしまいたい。

念のため、ネットに訊いてみたら、冒頭は

妻(つま)をめとらば才(さい)長(た)けて

  顔(かほ)うるはしくなさけある

  友(とも)をもとめば書(しよ)をよんで

  八分(ぶ)の俠氣(けふき)二分(ぶ)の熱(ねつ)。

となっている。芭蕉の登場は少し後になる。

良いとこ取りの好き勝手でその頃の書生、学生の人口に膾炙したのだろう。

随筆の作家も調べればすぐに出てくるところを「知にはたらかず」で、このように柔らかく話を運ぶことにしたのだろう。

願い事-電球が切れるが如くで細君より先にお願い致します。怖くない、怖くない。やっぱり消えてしまいたい。この世は厭だ。