(巻九)立読抜盗句歌集

楽屋出て花散る街の人となり(坂東三津五郎)
水やりも尼の祈りや寒椿(篠崎明美)
やがて死ぬけしきはみえず蝉の声(芭蕉)
薫風の語感うべなふ総身に(窪田佳津子)
立春の米こぼれをり葛西橋(石田波郷)
畳屋の肘が働く秋日和(草間時彦)
二人からふたりに戻り新茶汲む(松尾肇子)
雨音に街音交じる朝寝かな(星野高士)
今日の月長い芒を活けにけり(阿波野青畝)
一病は浮世の習い山笑ふ(的場秀恭)
集団で餓死すと聞けば憎らしきカラスもあわれ生のかなしさ(斎藤哲哉)
古郷を磁石に探る霞かな(平賀源内)
追憶のぜひもなきわれ春の鳥(太宰治)
ネット碁に欠けたるものは碁敵の身じろぐ気配石崩す音(佐々木義幸)
物なくて軽き袂や更衣(高浜虚子)
新しき日記に先ずは記しておく延命処置はしないでください(大見宣子)
ビルは更地に更地はビルに白日傘(山口優夢)
資本論」抜けば雪降る書架の裏(今井聖)
涼風の曲がりくねって来たりけり(一茶)
春愁のもとをたどれば俳句かな(あらいひとし)
羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな(橘曙覧)
湯を落とす小さき渦の寒夜かな(村上鞆彦)
散る桜残る桜も散る桜(良寛)
しぐるるやどこか遠くでハーモニカ(小沢昭一)
爽やかや風のことばを波が継ぎ(鷹羽狩行)
種袋振って明るき音を買ふ(西山睦)
耕せば女性(にょしょう)あらわに匂い立つ(高野ムツオ)
釣り銭を貯めて叶えん蟹の旅(鳥花月風)
孤独死の窓の汚れの余寒かな(無京水彦)
飛行機の音なき高さ冬日和(小高根千尋)
房総へ花摘みにゆきそののちにつきとばさるるやうに別れき(大口玲子)
風やんでより放心の冬芒(村上君代)
夕東風や海の船いる隅田川(水原秋桜子)
それぞれの距離を保てり浮寝鳥(田浦佳江)
生枯れの我生枯れの葦の中(遠山陽子)
ラッシュアワー押し屋に押さえしあの頃は電車は運びき人でなく夢(西出和代)
山茶花やはらりと散りて身の証(鈴木利恵子)
菜の花のどこに咲いてもさびしからず(飯塚柚花)
すみにけり何も願はぬ初詣(川崎展宏)
事無しに生きむと願ふここにさえ世の人言はなほも追ひ来る(川田順)
鈍感を楽しむやうに春の亀(石川昇)
起き抜けの散歩に歌を二つ得て妻いぶかしむ朝飯の席(大島辰夫)
生涯を土手より眺む西日かな(鳴戸奈菜)
「もう疲れた」遺書によくあるフレーズを春夜うっとりつぶやいてしまう(長尾幹也)
青嵐神社があつたので拝む(池田澄子)
亀井戸の藤も終りと雨の日をからかささしてひとり見に来し(伊藤左千夫)
初旅や反対側の窓に富士(中根武郎)
鶯のけはひ興りて鳴きにけり(中村草田男)
うらおもて枕返して朝寝かな(市川賢)
煙草屋の娘うつくしき柳かな(寺田寅彦)
寅さんが冬の「季語」とは知らなんだ薄着の似合う涼しい男が(石島正勝)
先客の猫をたたせて日向ぼこ(御江恭子)
春めいて野菜売り場にふえてゆくつぼみのものとつぼみもつもの(阿部芳夫)
恋は得ぬされどすべてを失ひぬ(竹久夢二)
短夜の看とり給ふも縁かな(石橋秀野)
包丁の鉄の匂や初鰹(青木孝夫)
氷水溶けて怠惰になりにけり(左近)
てにをはを省き物言ふ残暑かな(戸垣東人)
来年は捨てる約束更衣(中川幸子)
死んでから先が永さう冬ざくら(桑原三郎)
葛切やすこし剰りし旅の刻(草間時彦)
母の日に母を誘えば父も来る(松尾康乃)
誰にでも一度はあらむ今生の終の桜と知らず見る花(前田良一)
描く撮る詠むそれぞれに秋惜しみ(鷹羽狩行)
枝豆や積る話の莢の嵩(井上徳一郎)
三年間ついぞなつかぬ猫のいた彼女の部屋を見あげて過ぎる(渡辺たかき)
降る雪や厠が近くなりにけり(仁平勝)
薔薇守の証の腰の鋏かな(高田正子)
草餅の堂々として田舎ぶり(上村敏夫)
一昔まへにすたれし流行唄(はやりうた)くちにうかべぬ酒のごとくに(若山牧水)
北窓を開きて船の旅恋ふる(西川知世)
ぴつたりしめた穴だらけの障子である(尾崎放哉)
この顔が死後の顔かと思いつつ手術の朝の髭を剃りおり(小倉太郎)
When we are born, we cry that we are come to this great stage of fools(シェークスピアリア王)
四十年住みて初めてわが庭に雉子の飛来す光の如し(山内仁子)
置く場所のなき朝顔を貰ひけり(小野あらた)
城持つがゆえに貧しさ虫時雨(成瀬正俊)
朧夜やたれをあるじの墨陀川(其角堂永機)
束よりも一輪を薔薇の花(嶋田武夫)
甲斐なしや後ろ見らるる負相撲(加舎白雄)
宜候(ようそろ)とボート進めん遅桜(斎藤幽谷)
酒止めようかどの本能と遊ぼうか(金子兜太)
心よりはるかにはやき身の老いに追ひつけぬままひとつ歳とる(野口由梨)
数の子を噛みつつ不帰を想ひをり(友岡子郷)
鶯のかたちに残るあおきな粉(柳家小三治)
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家(与謝野晶子)
頭たれ耐えてをりしが椿落つ(モーレンカンプふゆこ)
初暦妻めとる日も見当たらず(高浜虚子)
水着とはどこかが足りぬやうに着る(後藤立夫)
水や空あかり持あう夜の秋(北元居士)
物の音ひとりたふるる案山子かな(野沢凡兆)
死ぬほどのことでもないか月見草(鳴戸奈菜)
オフサイド”を教えてもらう多分また忘れて多分また君に聞く(一戸亜すみ)