(巻三十四)立読抜盗句歌集

(巻三十四)立読抜盗句歌集

白日傘首ゆるやかに肩になる(山口優夢)

雪降るや人行き交ひて相触れず(山田露結)

割かんの男許さじ心太(岡田史乃)

割箸を祭の端に捨てにけり(小野あらた)

長き刃をいよいよ受くる鮪かな(鈴木総史)

花の昼そつなく紙を折れば鶴(小鳥遊栄樹)

売れ残る目なし達磨の日向ぼこ(半田かほる)

朴散華即ちしれぬ行方かな(川端茅舎)

のどけしや君は蛸壺僕は蛸(早川たから)

絵を売つて生計(たつき)なさねど麦は穂に(野見山朱鳥)

一枚の落葉となりて昏睡す(野見山朱鳥)

よく伸びた脚が追ひ越す聖五月(川上呉郎)

良き時代を生きて蒲団で大往生(高橋将夫)

棒読みの祝辞蛙(かわず)の目借時(南峯三)

置きに来し波のしりぞき桜貝(西宮陽子)

短夜のいのち拾ひし物語(大堀鶴ろ)

閑職に置かれて容赦なき西日(長岡幸子)

男運悪く水着のよく似合ふ(滝口明男)

身を曲げて蜥蜴ふり向く親しさよ(横田呂畔)

愕然として走り出すはぐれ蟻(橋本正芳)

あぢさいや姉妹のだれが雨女(赤松湘子)

褒められも貶されもせず韮の花(菊池一羊)

十薬(じゅうやく)の花をふやして家滅ぶ(高橋咲子)

辞書まめに引きては忘れ秋の夜(中村雅遊)

悪口も肴のひとつ濁り酒(高木聡輔)

職歴はただ一行の木の葉髪(清水みどり)

とどめさす一手が欲しや懐手(片山由美子)

くすぶりていしが一気に火の落葉(檜紀代)

枯蔓となりてこの世につながれる(和田孝子)

賽銭の十円ほどのおらが春(松本きよし)

追ひ抜きて振り返りたき白日傘(末永拓男)

あきらめてゆらりと豆腐桶の中(出口とき子)

オートバイ内股で締め春満月(正木ゆう子)

切手貼るための舌出す春の宵(三成礼子)

満月と花を浮かべて大き闇(飛高隆夫)

知恵を持つヒトとて掛かる蜘蛛の糸(押田裕美子)

行く方もいづれ来し方鰯雲(押田裕美子)

言訳のひらきて閉づる秋扇(押田裕美子)

江戸川の半分は千葉空に鴨(武田伸一)

夢殿をめぐりて落つる雨しづくいまのうつつは古の音(佐藤佐太郎)

大の字に寝ても小者よ三尺寝(中田水光)

封じ手は黒に任せて秋扇(星野光二)

おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろう笑ふらんかも(柳田国男)

行進の恐さを知らず蟻の列(伊藤政美)

永き日や相触れし手は触れしまま(日野草城)

ただ通りすぎたる金魚と金魚売(宇多喜代子)

尺取の縮む力で進みをり(大東由美子)

春愁や水に投げたるものの音(前田忍)

亀鳴くや尾を振る犬の処世術(木津和典)

涼しやと言へば涼しと幇間(たいこもち)(酒井大岳)

先ずといふ言葉の似合ふビールかな(小川龍男)

アメヤ横丁海鼠の棲める銀盥(タライ)(渡辺二三雄)

船宿は川に傾ぎて柳の芽(原綾女)

贅沢な人の涼みや柳橋(正岡子規)

人間の為すまま神輿揺れていし(大牧広)

この秋は何んで年よる雲に鳥(芭蕉)

昼は日を夜は月をあげ大花野(鷹羽狩行)

美しき稲の穂並の朝日かな(路通)

旅さきにあるがごとくに端居かな(鷹羽狩行)

五年超しの海運株と夏に入る(今井聖)

潮時と思ふ一事や髪洗ふ(渡辺萩風)

すぶ濡れとなれば走らず大夕立(渡辺萩風)

万緑や四人姉妹喪に入れり(橋本美代子)

虫を聞く痛いところに手を当てて(岩佐四郎)

てのひらにある運勢と花の種(青木澄江)

妻と買ふ妻にキャベツの重ければ(仲村青彦)

田の鷺の思惟か祈りか冬に入る(羽根嘉津)

検見衆のまとめて置きし鞄かな(中原道夫)

検見衆の若きを混じえ五、六人(木原房子)

葛飾の大堤防を焼く日かな(高野素十)

除夜の鐘おれのことなら放つといて(中村伸郎)

去年今年井筒春日野二子山(芥川比呂志)

両国といふ駅さびし白魚鍋(大牧広)

わたり来し橋をかぞへて夜寒かな(久保田万太郎)

淡雪やBARと稲荷と同じ路地(安住敦)

酔浅くまだ行儀よし秋扇(中村伸郎)

さみだれや船がおくるる電話など(中村汀女)

離着陸はげしき中に蝶もつれ(檜紀代)

通り雨妻は霙と言い張りて(中村伸郎)

葛飾にむかしをおもふ彼岸かな(永井荷風)

漢字ひとつ調べてをれば虫の声(篠原京子)

月仰ぐ俗の俗なるお寺かな(長谷川櫂)

冷し酒五臓の一つ病んでをり(石井信生)

枕木の遠目密なり梅雨きざす(対馬康子)

動き出すまで青鷺につき合へり(井上恵美子)

雑用が唯一の仕事麦の秋(笹村民雄)

誤診かも知れず霜夜の道かへる(小坂蛍泉)

観覧車回れよ回れ思ひ出は君には一日我には一世(栗木京子)

生死みなひとりで迎ふ冬木立(倉橋羊村)

うかうかと生て霜夜の蟋蟀(二柳)

遠吠えも虎視も脱兎も鴨葱もヒトの為すことなれば楽しき(内藤明)

百貨店へゆくのが旅行だったころの屋上にいた一頭の象(藪内真由美)

図書館に知恵の静けさ冬灯(秋尾敏)

芋虫の知恵のたかだか死んだふり(後藤比奈夫)

じやんけんで負けて蛍に生まれたの(池田澄子)

ゆくへなく月に心のすみすみて果てはいかにかならむとすらむ(西行)

両の手に朝茶を握る寒さかな(杉風)

茸がりやあぶない事に夕時雨(芭蕉)

診断の言葉にごして花をいふ(佐藤斗星)

君生かしし管はずされぬ青葉騒(池田瑠那)

きのこ雲まがうばかりに雲の峰(吉田ひろし)

何の鮨あるか見ている生身魂(西村麒麟)

万緑や橋を引き合ふ島と島(木津和典)

引き返すならこの辺り大花野(田中朋子)

亀のせて石の日永のはじまりぬ(石川渭水)

この浜を知りつくしたる日焼かな(山本素竹)

水飲んでいざ獅子舞のうしろ脚(内海良太)